カルマについて思う事 166話

カルマ 日本では因果応報と訳されている事が多いですが、自分のした結果が自分に帰って来るという意味で、善行をすれば良い事て報われ、悪事をすれば、悪い結果となるとされている。

カルマの法則では殺人をすれば、殺される 騙せば騙されるで、殺さないのに騙したた゛けで殺される事はない、騙した結果 相手が恨んで死んだ場合などは別である。あくまで等価交換で盗んだ場合は盗まれるである。

世界最古の法典に近い、BC1800年くらい前のバビロン国の法典 ハンムラビ法によれば、目には目を歯には歯をがあるが、目を害されたら目を奪う、歯を害されたら歯で同じもので罰するというもので、腕を切られて死刑はない、神の法則を人間が代行するようなものだが、それは似ていて非なるものである。

カルマは人間が神の元に帰る為にある償いみたいなもので、悔い改めもなく、強制的に人が執行すべきものではなく、あくまで人がその報いを受けるのは当然と思って被害者から執行されるべきものであろう。

聖書の蒔いた種は刈らねばならないも同じ理屈で、自分で蒔いた種は刈らねばならない、それがどんなに辛い事でも受けねばならない、被害者も血の涙を流しているかも知れず、蒔いた方は気が付かないか、忘れていたか、そんなに酷い事をしたとは思っていなかったかも知れないが
受けた方は忘れてはいない。

子供の頃、いじめられた方は、いじめた側の人間が幾ら、有名人になったり、表彰されたり、善人と言われるようになっても中々、忘れることはないだろう・・加害者が思い出すのはあの世に行ってからである、生まれてから死ぬまでの人生を見せられ、相手側の心の叫びもわかる映像を見て気が付き申し訳なかったと心から謝罪するが

地球という人生の舞台でしか借りを返すことが出来ないので、再度、返しに戻って来る、いわゆる、東洋の輪廻転生である、すぐに戻れるかどうかはわからないが、次の人生はある程度、普通の人としてか、善人として返されるか、悪人として借りを返すようになるかは、その人の地球の人間としての生き方によるであろう。

近頃、何度でも生まれ変われるなら、今生では悪人の儘でいいやとか、子供の頃から貧しい生活をして来たから、金持ちになれるなら何でもやってやる、他人がどうなろうと構わないという一生を送って来た人は、次にはもっと酷い環境からスタートしなくてはならない

人生はそんなに甘くはない、人間は元々、神様の一部であったのが、アダムとイブ以来、現世の欲に負けて、堕落していった、それをもとに戻す為の法則がカルマなのだ。

人間はマザーテレサ―とか、ナイチンゲールのような清い存在になって、元に戻れる、あの世には誰でも行ける、されど、ほとんどの人は何回も地球に戻される、カルマを全部消化して初めて天国に行ける、

イエスの言う、己の如く隣人を愛せよ、敵を愛せよ、己を憎む人間の為に祈れ、こんなことが出来る人はどれくらいいるか?如何に至難か、おわかりいただけるでしょうー

弟子がイエスに親友が裏切った場合、許せるのは一度でしょうか?あるいは二度くらいまでしょうか?と聞くに、イエスは指を七本示した、弟子は七回ですかと驚く、するとイエスは七の七十倍だと答える、弟子たちは驚愕したと思う、

七回でも多いと思うのに490回と聞いて。私達でも驚いて声もない、普通の人間関係において七回でも許すわけはなく、それは全部許せと言う意味で、こんな人にならなければ天国は遠いという事か。

キリスト教の人達は輪廻転生を信じない人が多いが、それは権力者となった初期の教会長老たちが第五回宗教会議で輪廻転生の教義を削除したからであるという説がある、西暦553年にそういう事を唱える者は異端者として抹殺される、それからは魔女狩りのように中世まで続いた、ゆえにキリスト教では輪廻転生はない事になり

聖書の盲人の話で、イエスが前世の報いでそうなったのかと民衆に問われるに、そんなことはないそれは神の御業だと答えたので、余計に輪廻転生はないと信じられる根拠となった。

ろくでなしの法王たちにとって、現世が駄目でも次回があるさとなれば、自分たちのいう事を聞かなくなる恐れがあり、厳しく弾圧したのであろう、本当の意味を理解し、教える事が出来なかったせいもあるだろう、人生は一回限りで次はない、戒律を犯せば、地獄だとか、聖職者のいう事を聞けば天国だとか、教会の免罪符を買えば、地獄から免れるとか言って大衆を脅かしていた。

権威であるからとか、昔から偉い人と言われていたからとかの理由で盲目的に人を尊敬することは私にはない、歴代のローマ法王がすべて
善人である筈もなく、ろくでなしも多かったと思う、十字軍とか異端者狩りや魔女裁判など、とても聖職者とは思えない過去もあった、貧しい人たちの為には教会も売り払うべしの聖フランチェスコから見れば はるかに劣る人たちが高位を占めていたローマ教会でしょう

仏陀も人には親切にしなさい、前世でお世話になっていたかも知れないからと述べられた、イエスも釈迦も当時の人達にあの世の仕組みを教えることは至難であるからと、わかりやすい例え話をした、今は21世紀である、ある程度は解る人たちが多くいる、神仏がいて、代理人がいて
民衆がいるという構図は古い、神と人の間に代理人は要らない、個人個人が直接、神の前に行けばいいのだ、

キリスト教徒であっても、イエスのいう己の如く隣人を愛する人生を全うするならそれは良い事で、直接、天国に行けると思う。前世も未来も
関係なく、与えられた人生をカルマを解消して生き抜けば、それでいいと思う。地球は人生の舞台に過ぎない、役者が次の役に移るまではその役に全力投球するように、何とか過去のカルマを償い、新しいカルマを創らないように生きるのは非常に難しい。

カルマを創らない為、何もしない方がいいわけではない、常に自然にも人にも優しく、前向きに生きる事が大切である。私は過去にも未来にも興味はない、あるのは現実の今だけをしっかりと生きる事だ思っています、無論、前世も未来もあるのは承知しているが、自分に与えられた時間は今しかない。

悪事をすれば、次の人生はより厳しいスタートなる、人種差別をすれば差別される側に生まれる可能性が大きく、地球に降りて来る前にある程度の事はわかるので、こんな過酷な人生でやっていけるのかと戻りたくない人もいるだろうが神の役者には選択の余地はない、ただ、舞台に立つしかないのだ、故に次があるから今回は石川五右衛門でもナチスでもいいやと思う人は考え直した方が良かろう。

この世に偶然はない、すべて必然であると言う言葉に、最初は疑問でしたが今は完全に信じています、カルマは前回、殺人を犯したとしても次の転生で償わるとは限らない、もっと後になるかも知れず、それは百年後か五百年後か、忘れた頃にやって来るので被害者は理不尽だとか、この世に神も仏もないのかと嘆く事もあるでしょう。

千年前のカルマが今、来たとしたら誰もわからない、この世は公平で神の裁きも公平だというのはそこにある、現在の人達は今しか、知らないし、記憶にないので怒り、嘆く事になる、今の悪事が現世で消化出来れば、わかりやすいのだが・・刑法の死刑制度はあっても償いは厳然としてある、人間の制度には縛られないのだ。

私は死刑制度反対だが、そうすると刑務所が満杯になり新たな施設が必要になり、多くの人達は施設が自分たちの町に出来るのを反対する、私は構わないが隣に出来てもいい人は少ないだろう、危険だとか土地の値段が下がるとか 環境が悪くなるとかで、火葬場とか、ゴミ焼却場とかと同じで、他の町に出来るのは賛成だが自分たちの所は反対というエゴが勝つか・・・私は総理の隣でもいいと思っているが。

天災も人災も偶然ではない、必ず、人間に対してのメッセージがある筈で、そこから、人々は学んで前に進む、ソ連の原発事故でその恐ろしさを知った筈なのに、日本は完璧に高度な技術があるから、大丈夫だ、ソ連は技術的にも遅れていたからとか言って慢心していた結果がこれである、そしてドイツは日本のような最先端の技術を持った国でも制御できなかった原発はつくらないと明言した。

国の事情があるにせよ、あれからも原発を稼働させ、創り続ける日本はどこで目が覚めるのか?金儲けの為に未来をダメにするのか不思議でならない、都道府県より多い、原発の数を異常に思わない権力者とそれに投票している国民は次にもっと大きな事故があった場合、何と言うだろうか・・・

タイの地震の時、波にさらわれ家屋や人が流されていく映像がテレビでありましたが、それから、すぐに日本がそうなるとは誰が予想しただろうか?すべては意味があるのだ、それを神の警告と取るか、自分には関係ないと思うかでしょう、

親鸞聖人が生まれ変わって、今の本願寺を見たら、何の建物だ、私とは何の関係もないと言うでしょう、 イエスが今現れたら、良家の坊ちゃん、嬢ちゃんが通うミッションスクールに行くだろうか、恐らく、行かないでしょう、私の信者はこんな人たちではないと。/span>



世の中公平と思う人は多いか?165話

世の中 公平と思っている人は多いだろうか?恐らく 多くないと思う、それなのに世の中の不公平感が変わらないのは何故か・・それは諦め感が強いからであろう。数の論理からから言えば、貧しい人の方が金持ちよりも 
多い筈だが、多数決の論理から言っても全員が貧しい人たちの代表を選び、投票すれば逆転すると思うが、永らく、不平等が続いているのは国民のレベルが低いせいだろうか??

日本では昔から、長いものには巻かれろとか、寄らば大樹の陰とか言われ、身分相応にしろとか、人間的には何の根拠もない貴族政治 武家政治により差別主義を容認させられてきた、今は富裕層と貧者に別れ、貧しき人たちは卑屈になりがちである。

これの最大原因はどこかの総理の称賛する、薩長政権による明治維新が国民を目隠ししたまま、差別主義を残した事にあると思う、士農工商はなくなったが、官尊民卑は残った、徳川官僚から薩長官僚に変わっただけであろう、薩長の士族の末端にかろうじて入っていた、下級武士たちが権力を握ったとたん、舞い上がり、その上、華族という新貴族を創り、自らを殿様や公家と同じ階級の仲間入りをして、今まで一緒に仰ぎ見た国民を下に見るようになった
 
即ち、仰ぎ見られる存在になり、やりたい放題になり、正論を唱える江藤新平などを疎ましく感じ、反乱の首謀者として抹殺の方向に向かったと思う。江藤司法大臣の時の、外国船の奴隷売買を禁止する裁きや、吉原遊女たちを開放する裁き、人間は牛馬ではないという論理は痛快であった、まさに新しい改革の夜明けであったのだが、そういう虐げられた国民に対する、温かい視点は薩長大臣たちにはなかった。

何が明治維新がと思う、心の温かい人間は薩長政権を去り、追い詰められて非業の末路をたどる事になった。
西郷隆盛も今まで、下級武士として耐えて来た仲間たちが酒池肉林の生活を見るにつけ、これでは徳川から薩長官僚に変わっただけではないのかと思いながらも仲間を裏切るのを良しとせず、薩摩に帰ったのであろう、貧しい生活が長く続いた仲間たちが少しくらいは舞い上がるのも仕方ないかと。

以前、、民主党政権が出来た時、舞い上がって自滅したが、小沢議員の眼は流石で、まだ、この党は政権を担当するには速いと言うような事を言って自民党と合併するような話をしたが、彼は合併して自民党を乗っ取るか
その先を考えていたのだろう、しかるに民主党は自分たちの力で政権を取ったような気になり、とても大臣にはなれそうもない輩が俺か主人公とばかり、愚行を重ね、国民に絶望を与えて政治から遠ざけてしまった、ろくでなしが権力者になるとこんなものかと、それなら自公のろくでなしでもいいかと今に続ている。

明治の初期も権力欲だけは強いろくでなしと、昔の名前で生きている公家たちは舞い上がっていたであろう。
しかし、同じ階級であった全国の武士たちが没落していくのを眺めているのは辛い、まして、今、政府高官として
ふんぞり返っている 武士たちが突出した人間であるとは特に思えず、西郷は倒幕に至るまでは他藩の傑出した武士たちと会い、教えも乞うている、たまたま、雄藩に在籍して明治の高官となったが他藩の武士たちが劣るわけではなく、不運であったかも知れず、自分が武士たちの最後の幕引きをする羽目になるとはであろう。

他の高官は知らず、西郷自身は地位も権力も要らない人間であり、全国武士の幕引きをする人間が奢り高ぶり贅沢三昧の生活をすることに嫌悪感があったと思う、マア、自分が助けてやった権力欲の権化であった陸軍の
長老、山縣有朋にとどめを刺されたのも皮肉である、桐野少将としては、あの時、山縣を断罪しておけばと切歯扼腕であっただろう

あの時とは陸軍省の公金、横流し事件で首謀者は山縣と山城屋和助と言う長州出身の商人であった 普通なら発覚した時点で、真の武士ならば切腹か退官であるが、西郷が不問にした。山城屋は山縣を庇い自害した、山城屋に投資して、遊興費を得る目的であったが投資が失敗して公金は返ってこなかった。そんな男が平清盛以来の位人臣を極め、元帥 大勲位 侯爵 陸軍大将にまで上り詰め国葬となり 墓にも記載してる。真に哀れな男である。

人間は中々、生まれ育った環境から抜ける事は難しく、武士と言う身分に誇りを持っていた西郷としては武士階級の終焉に平静であったとは思えない、薩長の高官たちが同じ思いであったかどうかはわからないが・・・彼等は色々、改革をしたが結局は折角手に入れた権力を強固なものにする為であって、国民の為とは言い難い。
それが富国強兵である、今、同じような道を辿っている大国があるが、成功するだろうか。

富国強兵は国民への酷税である程度は成功し次に、中国を自由にしたい欲望が出て来た、マア、日清日露の戦争は必ずしも侵略とは言えず、真の独立を賭けた戦いでもあったが、その後が非常に悪い、欧米列強と一緒になり中国侵略に走り、独占しようとしたのは天に代わりて不義を討つの陸軍とは思えない暴挙である。

大一次大戦のドサクサに紛れてやった、中国に対する21箇条要求、あまりに露骨すぎて声も出ない、アジア、アフリカのほとんどを欧米が植民地にしていて、残ったのが中国くらいであったのでやったのだろうが、眠れる獅子
と恐れられた中国が死せる豚であるとわかった列強の奪い合いに加わらずに手を差し伸べて共に欧米に対処する道をとっていれば、その後の歴史は変わっていただろう。

弱くなった大国をしゃぶるハゲタカの道は永らく、孔孟の教えを学んだ礼節の国とは程遠く、孔孟の国の大先輩であった中国に対する態度ではなかろう。過日、自衛隊の元高官であった軍人が侵略とか、好戦的な国であったことはないと放言していたが、他の国は知らず、礼節の国、日本は素直に事実を認めるべきであろう、過去に
そういう事があったしても戦後70年以上平和を通して来た日本の評価が下がる事はない。

欧米やアジアに属している国の中には、暗い歴史を抹殺して都合の良い事実だけを教えるか、間違った歴史を
吹き込む傾向があるが、日本は正しい道を行くべきでしょう、南京三十万人虐殺とかは全部が正しいとは言えないが虐殺の事実はあった・・・・ただ三十万とは一つの大都市がなくなる人数で、当時でも大変な数で??

英国のアヘン戦争や、米国のインディアンと言われていた原住民虐殺 黒人奴隷の歴史、インド ベトナム、ビルマ、南アの歴史などを当時の宗主国家は正しく、自国民に伝えているだろうか、教えているだろうか?日本はそうあって欲しくはないと思っています。勝てば官軍は正しい道ではない。

これからの日本は差別のない国、不公平の少ない国になるであろうか?22世紀には少しはなる可能性があるやも知れないが、長らく不平等と不公平に飼いならされてきた国民性が急に変わるとは思えない、見せかけの平等はあるが。

例えば、金持ちは高い金を払い、私選弁護士を雇い何かあっても有利に運べるが、普通の人は国選弁護士しか
つかない、形の上では平等だが、本当にそう思うや?権力者とか、大企業のトップなどに対する司法の態度は普通の国民と同じと思うや?普通の市民はうむを言わさず、任意であっても警察に連れていかれるが権力者たちもそうであるか?

国家は国民が主役である、公僕が公僕を逮捕するのに何の遠慮も要らない筈で、総理と言えど大公僕に過ぎない、国民の僕である人間に気を使い、庶民には上から目線と言うのはおかしいではないか?議員たちは自ら選良と称して、放言するがそれは国民の八割以上が支持した人間であるなら兎も角、一都市、一地方の半分以下の投票率の中の何割かで選良とはおこがましい、私に言わせれば悪霊である。

以前、珍しく、厚労省の婦人局長が逮捕、留置されたが、これは当時の民主党政権を揺さぶる狙いがあったと思う、表面上は汚職疑惑であったが、焦るあまり、証拠の改ざんをやり検察アウトになったが、ノンキャリアの係長の単独犯なのか?その後係長はどうなったのか?退職金も年金も捨ててまでやった理由もわからない、キャリアの課長「当時」は無罪放免で局長にまでなったが、係長こそ哀れである、不思議な事件と言うしかない

キャリアや権力者は余程の理由がないと逮捕しないのが日本の司法であろう、事実かどうかより、何らかの思惑がないとやらないと思っています。要はやる気になるかどうかで、犯罪の有無ではないでしょう

私立大学も今の半分でも良いと思う、私学助成金なしで運営できるならいいが、税金を投入してまで援助する必要はない、そういうと天下りの必要な、文科省や国立大学の退官教授たちが、何かと反対するだろうし、怠け者の学生たちも反対であろう。

何が問題なのか、それは給与が大学と高校では差があるという事で、そういう差別がなくなれば、高い金を出してまで学校に行こうとする生徒は減るし、本当に学問だけやりたい学生のみが行くことになり、人手不足も減少する、本当に人材主義でいけばいいのだ。

いい学校に入り、いい会社に入り、楽な生活をさせたいと思う親たちがいる限り世の中は変わらない、学歴だけ
は立派な平目官僚と権力欲の旺盛な議員たちが支配する日本国がこの先、同じような未来があると思うや?
三年先も見えない連中が百歳とか百年先が見えるわけはない、バブルの前にバブルが崩壊するとわかっていた
人達は何人いるか、オリンピック後に好景気が待っていると思うや、坂道は転がりだしたら止めるのは至難だ

戦前にテレビ時代が来るとわかっていた人は何人いるか、パソコンも携帯もあっという間である、自転車の大洪水だった中国の今を想像した人は何人いるか、戦艦隆盛の時、飛行機の時代が来ると予想していた者は何人いるか・・科学知識のある軍官僚たちが狂奔したのが戦艦大和であり、戦艦武蔵である、それくらい未来を予想するのは至難である。

日中平和条約が成立した時、庶民の中にはこれで中国と戦争する事がなくなり、アジアは平和になると喜んだものだが、今や日中条約前より危険があるかのような環境である、それは鉛筆一本でも中国に売れば十億本だと
金儲けに走った商人たちの欲の皮の産物である、欧米も同じで企業が入れば長らく、ビジネスがなかった中国に商業道徳を求めるのは難しく、ノウハウを盗まれて今に至る。

新幹線も車も、我が国、独自の技術だと公言している軍事大国にしたのは何処の国なのか、すべては蒔いた種は刈らねばならぬの原則どおり、そのつけを払っている、アジアアフリカのテロ組織に武器を売ったのは誰か、ようするに皆、その付けを払っているのだ、槍とこん棒しかなかった国に兵器を売りつけ、今度はそのテロにおびえる、因果応報である。

日本に内部で変革を求めるのは至難で、大変化が起きるのは外部からの脅威であろう、それが戦争か、天災か大恐慌かわからないが、このまま将来も食料が入って来て、日本の製品が売れ続けるとは思わない方が良かろう、東日本大震災が起こった時、ある外国人が地震、津波、放射能と三つも凶事が重なったのは、余程、日本は悪いことをしたのだろうかと・・・・一つでも大変ななのにと言う意味で日本人はこれを重く受け取るべきである

神戸から16年 次いで東日本、次に起きる時は物凄いことになろう・・それが戦災か 人災かはわからないが、必要のない危険物である原発は一日でも早く、減らすべきだろう、日本の都道府県を合したより多い原発は異常であろう、これは利権にたかった政財官の癒着以外、何物でもなかろう、憲法改正を唱える前に自民党政権がやって来た負の遺産を整理する事がオリンピックより急務であると信ずる。

完全に放射性廃棄物がなくなるのは10万年後とか言われているが、一万年後が千年後でも地球が、日本国がどうなっているかわからないのに、こんな危険な原発を稼働させている意味が解らない、以前、南洋諸島の海に放棄するような話があり、安全だからと説得したが、そんなに安全なら東京湾に捨てろと言われ沈黙した。
マア、今が楽なら後は野となれ山となれか・・・沖縄は戦前も戦後も捨て石か・・・

日本の優秀だと豪語していた軍官僚が始めた戦争が、四年も持たずに焼け野原の無条件降伏になろうとは誰が予想したか、それもご丁寧に日本は神の国だから危ない時は神風が吹くと宣伝したのにである。今の官僚たちは当時の軍官僚よりは優秀と思うや? 一寸先は闇であり、問題は予想が外れて敗戦直後のように苦しい経済状況に、この先なった時、日本人は助け合うかどうかである。

高額年金の議員や金持ちが国民全員と同じレベルの生活をするかどうかであり、米国のようにテニスコート プール付きの大豪邸に住むことが夢と思っている連中が、同じレベルの生活に満足するだろうか?大金持ちが中金持ちを貧民がより下の貧民を蔑む構図が変わらん限り、敗戦直後と同じ絵を見ることになろう

星の流れに涙する女性がまた出ない事を切にねがっているが、歴史は繰り返すか・・・税金を払っている国民が、税金で暮らしている、役人、議員たちより苦しい生活を強いられ、非正規が四割近くとは非常におかしいではないか?人が足りなくて外国人を受け入れ、片方では若者の非正規が大勢いる、まつたく、議員たちは国会で遊んでいる場合か・・・

国会が開かれない時は、歳費を削るとか歳費半分とか、厳しくしないと駄目だろう、名古屋の市長に出来て、何故に国会議員に出来ない、大体、年金など問題にしない大金持ちの大臣を選ぶこと自体間違いで、日本には大金持ちは結構いるが、財産の半分でも寄付したか?増やすことには熱心だが。これは選挙制度に欠陥があるからで財産家は、歳費なしとか、立候補できない制度も必要であろう・・こういう話になると憲法に抵触するとかいって反対するだろうが。

故マッカーサー元帥の言、ワシントンで熱いコーヒーを飲みながら指図する人間に言いたい、同じ船に乗れ、つまり、弾丸飛び交う最前線に来て言えと言う意味だが、議員と何とかは一度やったら辞められないと言うが、彼等は庶民と同じ船に乗っているか???議員を減らせと言ってるのに増やしている、まさに国民を愚弄している

マッカーサー元帥の人間性については毀誉褒貶があるが、同じ船に乗れというのは正しいと思う、元帥は上杉謙信タイプであるが日本では武田信玄タイプがトップにふさわしいと思っているようだ、風林火山はいいのだが
肝心の時に動かざること山の如しが多いのも日本だ、日本では源義経も謙信タイプだが、人気も抜群だ、されど
そういうタイプは最後は恵まれない。

北欧諸国のように専業主婦のない国、そのかわり、給与も男女一緒という方向に進むのが一歩前進だろう、何もしないで女性が輝く国などと虚言をふりまき、議員も大企業も婦人差別の日本でいいのか、かって東電OL殺人事件というのがあって、中々、支配企業で女性がトップに立つことの難しさを知らされたが、本当に女性は男性より劣るのか?劣ると思っている議員は多いか少ないか・・・神輿なら担ぐが実権は困るのが本音か?

本当に日本に夜明けが来るのは頭のコペルニクス転換が必要であろう 地球の歴史でもっとも発達した時代は
一万年前くらい前のアトランティス大陸の頃と言われている、産業文化も今とは比較にならないくらいで、大人も子供も働けば同じ賃金を受け取ったとされている。

人類発祥が数百万年前だそうだが、この二千年で急速に発達して最高の文化と兵器を持ったと今の人達は思っているようだが、それでは百万年も寝ていたのか? 遠い過去にも最高の文明があったと考えるのが正しいと思う、ナスカの地上絵だって昔は飛行機も何もなかったと言う前提に立っているから不思議に思えるが、その当時も空を飛ぶ技術があったと信ずれば、何も驚く事ではない。

今が最高と思うのは現代の人達の傲慢である、これからも地球は存在して人類は生き続ける、東洋の輪廻転生は当たり前と思うように人々がなった時、真の平和が訪れるでしょうー人がカルマ「因果応報」をきれいに消して
清い魂にならない限り、この地上で財産、名誉 権力に執着し、己の幸福だけを求める間は空しい争いを繰り返す事でしょうー

輪廻転生について知りたい人は、参考本の一つにハリウッド女優であるシャーリマクレーンの本をお勧めします
マア、学校で習った道徳と科学しか信じれない人達には難しかも知れませんが、ヨガ的呼吸をして頭を空にすればわかるようになるでしょう ただ、間違っても宗教にはまらないように・・多くの宗教は神仏を看板にした集金産業である。神仏の代理人はいらない、生き仏は金を必要としない。

寺も教会も神仏に近づく為の学校に過ぎない、それも小学校程度で学んだらその奥に行く努力が必要である、求めよされば与えられんであり、有り難くもない坊主や聖職者の説法を聞いて満足しているようでは進歩はない

参考文献  シャーリマクレーンのアウト・オン・ア・リムなどの書籍  大阪大学の工学博士、医学博士、故政木和三教授の著書 この世に不可能はない

芸能界と政界はよく似ている  164話

近頃、韓国の人気グループが非合法的理由で逮捕とか騒がれていたが、何も驚く事ではなかろう、知らないのは日本のフアンか、韓国のフアンくらいで知っていても沈黙していたと思われるマスコミや司法は表に出て来たので仕方なしと重い腰を上げたのであろう。

いつも思うのだが、彼らは逮捕されたりすると反省のポーズをとり、頭髪は元の黒髪に戻し、短髪背広姿にネクタイで深々と頭を下げるが、漫画である、日本ではそのほかに座禅とか、滝に打たれるポーズもある、反省しているなーと思う人はほとんどいない、人気者が好きな連中は彼らが反省しようとしまいと、ほとぼりが冷めれは
すぐに群がるので、ポーズは全て司法向けであろう。

反省のポーズをマスコミが流してくれれば、終了で刑務所に入った犯罪者の一部と同じで次はもッと上手くやろうと反省するが、罪の意識の反省はなかろう、故に何度でも同じような事を繰り返す、楽な道を選ぶのは洋の東西を問わない。イスラムの法で裁かれれば、少しは違うだろうが弁護士不要となるのは裁判官も望まないだろう。

マア、日本の人気グループたちが韓国と違うのは整形美少女、美少年ばかりではないということが唯一の救いなのかも知れない、日本のおばさんたちは余程、整形タレントのメロドラマに飢えていたのか、韓国まで押し掛けた者もいたようだが、戦後、君の名はという、すれ違いメロドラマに夢中になった日本のおばさんとたいして変わりはない。

ただ、日本は時代が成長して、そういう単純な美男美女のメロドラマを創らなくなったので、暇なおばさんたちは韓国ドラマに押し掛けたのであろう、もう一つは韓国ドラマは安いので、ある程度の視聴率を上げ、時間を埋めるのに便利だから、日本のTV局は争って買うのでそうなった原因もあるだろう

日本の映画やドラマは禁止されていた韓国のドラマをNHKが流すのは何か、原因があるのだろうか?今は日本映画も全面的に解禁されたのだろうか・・・阿部チャンネルとか御用テレビ局と言われているNHKが積極的になった理由は何だろうか?まさか、日韓親善の為とか言うのではなかろうね、今は日本を擁護するような人間は罵声が飛ぶ韓国では日本映画やドラマを見たいとはいえる雰囲気ではないだろうが。

韓国ドラマが入って来たのはずーと前であり、日本映画禁止の頃であったと思う、いつも、権力者の顔を伺う平目幹部が多い皆様のNHKが独断でやったのだろうか?日本の天皇謝罪発言が、もっと強くなれば当然、ドラマや歌手、ゴルファーなどにも厳しい目が向けられるであろう

そういう場合、文化は別だとテレビ局は言うだろうか、玉虫色の発言になるだろう、日本に出稼ぎに来ているタレントやスポーツ選手に韓国マスコミが聞いた所、どちらも平和的にとか、当たり障りのない発言をしていた。マア
最終的にはどちらを取るかと責められれば、韓国と答えるであろうが。日本の場合は権力者に恫喝されれば
すぐに迷解答をするだろう・・・自発的にしたというポーズで。

日本の国の良い所は、一応、国民が権力者を選べるシステムがあるという事と、批判する自由があるという事である、公権力者とか、公的人間は批判されても仕方あるまい、自ら、望んでその地位を選んだ以上、ある程度は非難、批判にさらされる覚悟がある筈で名もなき大衆の人権と同じではない、大衆が多くのの警官や私服に守られている光景はない、何か事件にならないと守られない人間と権力者たちと同等とは到底言えまい。

言論の自由と言っても、公的人間と大衆とでは重みが違う、議員たちは戦争に狩りだす側の人間で、国民は狩りだされる側で、議員たちは戦場に行くことはない、目には目を歯には歯をは米国の論理だが、戦争で取られた領土は戦争で取り返せは、ドイツとフランスで繰り返されてきたが、今は一歩前進で平和路線である。

たしかに、北方領土はロシアの無法により、占拠されたままになっているが、元々、条約やぶりの常習犯、ヒットラーと同盟を結んでいた日本が、ドイツは破ったがソ連は守ってくれるだろうと甘い期待をしていたのは如何なものかと思う、今回の維新の議員の発言も阿部政権だから出たのではなかろうか?

今、安倍総理に平目になっている議員や官僚たちも米国の力が衰えて、中国やソ連の力が強大になれば、雪崩をうってそっちに鞍替えをするだろうと思っている、外務省が中国寄りの外交官を抱えているのはどちらになってもいいようにしているのでは?今は冷や飯食いかもしれないが、戦前から米英が外交官の花形であったが、一時、独伊に変わりそうになったが、中ソは戦前の独伊で終わるのか・・・・

永遠に米国とは限るまい、米国に建国の理想がある限りは大丈夫とは思うが、力と金だけの大統領を選ぶかな??日本低国総理大臣は米国大統領に平伏する時代がいつまで続くのか、過去に御用評論家と言われていた人の言葉、日本はアメリカの妾になれがあまり違和感がない状態になってはしまいか?

この米国の妾発言は当時、大きな波紋を呼び愛国的な国民からは非難されたが、要は名よりも身を取れと言う事であろう、どんな大統領でもノーと言えない日本のトップは他国から見れば妾状態と思われても仕方なしか
現在は完全に対等な関係になったのであろうか・・・・国内では威勢がいいが完全独立はいつの日になるか?

何処の国も自国優先であるから日本が米国を見限るより、米国が日本を捨てる場合もあるだろう、そんな時
日本の権力者たちに秘策があるだろうか?いつも酷会の中だけで権力争いをしているろくでなしたちにーー、
米国の財布から解放された時、違う大国の財布にならなければいいが・・・・・真の開放は来るだろうか・・・

ソ連が弱くなったり分裂したり 日本の軍備が強大になれば、とりかえそうと思っている議員は与野党にもまだいるだろう、ただ、今は不味いので言わないだけで、時節到来を待っているのではと思うが核がある限り、夢物語であろう、戦争をしても取り返したい国民が多いとは思わないが、それをわざわざ聞くかね?暇なんだろうな。

そう思っていても言わないのが最低限の大人の知恵でそれを言ってしまうのは幼稚園児と同じで、東大出もここまで落ちたか? 単なる学歴馬鹿なのか?今、彼を擁護すれば選挙に落ちてしまうので議員たちは叩いてはいるが・・・・こういう人間でも当選してしまう選挙にも?である。

芸能人と議員たちは本当によく似ている、テレビに映る顔と本当の素顔とはまるで別であるという事を国民はもっと知るべきだが、一番よく知っているマスコミと秘書や付き人たちが表に出さない限り、中々、至難であろう
特に大物議員とか大物タレントたちは不祥事があってもほとんど表に出ない、捕まるのは弱小プロのタレントか
タレント議員だけである。

今までに薬物などで多くの芸能人が逮捕されたが、それは氷山の一角であろう、もっと大物のタレント、俳優 歌手もやっていただろうと思っている国民は少なくないと思う、すべては力関係でもみ消されたか、闇に消えただろう、全てをオープンにしていいと麻薬捜査官に命令が下れば、もっと驚くべき結果になるのではと思います。

何故に麻薬や大麻に日本が厳しいかと言うと、最初はいいかもしれないが段々、薬の影響で労働意欲がなくなり、税金が入って来なくなり、将来の兵役にも不都合となるからで、官僚の摘発は一罰百戒であろう。表向きは
国民の健康という事になっているが、ろくでなしの権力者たちが本当に国民の健康を考えていると思うや?自分たちの健康には百倍くらい、気をつかっているだろうが。

されど片方で麻薬禁止で働かせ、片方ではギャンブル人間を生み出すのを奨励するようなカジノ法案では日本という国はまったく両頭の蛇みたいなものだと思わざるを得ない、米国は宗教の為、禁酒法を制定したが、アルカポネを生んだ。動機が正しくとも失敗した、カジノ法案は動機が正しいだろうか?小学生に説明できるのかな
最初から不純な動機で出発して、博打は控えましょうは漫画以下である

汗水たらして働き、酷税を納める勤勉な国民があって国が成り立っていると思うが、やはり、議員たちはラスベガスのバニーガールと賭博と酒の方が素晴らしい国になるだろうと思っているのだろう、黙っているという事は、賛成と同じで、不労所得の地主と同じく、働かないで総理の顔色を見ながらどうでもいい発言をして税金を散財しているに過ぎず、マア、私から言えばまだ、アルカポネの方が汗をかいていたと思う・・・汗の種類は違うが。

私はまだ、戦前の軍事国家や、ナチス、中国、ソ連、北朝鮮のような国よりは日本はましだと思っていますが、安倍総理の言う美しい日本、過去を取り戻したいとはどの時代の日本なのか、未だに疑問である。勝てば官軍の明治維新が美しい日本なのか??東北諸藩にとっては少しも美しくはあるまい。

かってセクハラで逮捕された大坂知事がいたが、タレント知事であっても権力に座ると元々、好色だったのが余計に破目を外すようになったのか、人気と権力で傲慢になった人間は後を絶たないが、それでも多くの人達はテレビに映る顔しか知らないので騒動があって、驚いたりしている。

選挙民に問題があるのか、選挙の方法に問題があるのか、人間と政策がはっきりとわかるシステムがあったとしても今の議員たちは改善はしないだろうなーただ、総理の解散権はただちに失くすべきである、解散は四年ごとか五年ごとかに法律で定め、権力者の都合のいい時に解散は金と時間の無駄であり、国民の為にもならない

いつになったら、議員を減らすのか、まったく彼等は国民には痛みを強いても自分たちの生活だけは完全補償で
痛みはなし マア、出来るだけ永く議員を続けて後は楽な年金生活 国会と称している酷会に座っているのが仕事か ?少子高齢化で人も減っているのに議員はそのままか、半分でも多いくらいだ こんなろくでなしの集まりに何を期待したらいいのだろう。


この頃 都に流行るもの中毒患者と金権崇拝 163話

この頃 都に流行るもの、 オレオレ詐欺のバカ者か、スマホ中毒のバカ者か 麻薬中毒のバカ者か、忖度ばかりの政治家か 金 金 金の成金か 金 金 金のオリンピック中毒か 国民不在の元号休日か ろくでなしの害狡官か 国民不名誉症か ギャンブル国家に明日はあるのか??

泥棒にも三分の理があると言われているが、オレオレ詐欺には何もない、鼠小僧には金持ちや大名屋敷から金を奪い、貧しき人たちにばらまいたと噂されたが、実態はどうだろう?当時の江戸で小判を使える人間は武士か
大商人か富農くらいで、鼠小僧も小判はバラまかないだろうー銀貨くらいではなかったか?

それにしても10両盗めば死罪の法律があり、まして大名屋敷では捕まれば殺される可能性も大きく、命がけの仕事であり、鼠小僧の立場に立てば金持ちから盗み、ばらまく行為の何処が悪いと思っていたのかも知れない
そして一人で堂々とやったのは拍手喝采はないが、見事である。

今のオレオレ詐欺はかっての豊田商事と同じで、なんの理もなく、ただ、認知症に近い老人をだまかして、おこぼれに預からんとする情けない集団で、若者と言うよりバカ者である、一人で全部やれるならまだしも、親玉のいいなりになって、自分たちの祖父や祖母に近い老人をたぶらかして一時金を得て遊興費に散財するだけの無能集団とも言えようか・・・・

遊興費が欲しければ、必死で働くことだ、悪事に加担して一時金を得た所で、身元は親玉にしっかり記録されているから、万一、やめて成功しても途中で正業に戻っても生涯、揺すられる危険があり、逃げることも難しく将来は何もないだろう。簡単に金が入るなら何でもいいと思っているのだろうが、これは薩長政権から続く、勝てば官軍、勝ちさえすれば何でもいいと同じで、今の政権に繋がっていく

長州の偉人などと安倍総理は褒めたたえるが、勝ってしまえば何でもいいの精神は、法も正義も関係ない権力を握った者が正義となり、今の若者も棺桶に近い老人が金を持っていても仕方ないだろう、俺が散財してやるくらいの気持ちだから、捕まるのは嫌だが、罪悪感はないだろう

鼠小僧と違い、知らない、頼まれただけだと逃げ切ろうとする行為は何とも情けないの一語で、成りすますこと自体、普通の頭ではおかしいと気づく筈で幼稚園児ならわかるが、逮捕されると俯くかマスクをして顔を隠すのが多い、こういう犯罪は顔と名前を出しても良かろうと思う。

さすれば、すぐにこの手の犯罪は激減すると思う、こんなに長く続いているのは軽い刑だからと甘い考えからであろう、マア、人権派?とかいう弁護士が人権を守れとか言って喚くからマスコミもしないだろうが、弁護士はビジネスでやっているのであって、逮捕された連中が再犯しようが、殺人を犯そうが関係なく、裁判で刑が軽くなれば、勝ちで自分たちの家族に被害が及ばなければ、OKで正義の為に無償でやっているわけではない。

弁護士も生活があるから、冤罪の弁護もするが商売の為の弁護もやるのが普通でしょう―人権、人権と言うが
人権と自由の先進国アメリカでは顔も晒すし、名前も出す、全部ではないが少年だからと言って犯罪によっては
顔も名前も出す、後進国の日本で顔を隠し名前も出さないのはおかしいではないか?人権に違いがあるのだろうか?

悪党仲間にも仁義アリと言うが、豊田商事のように何の理もない連中は、親玉が死んで終わりではなく、幹部連中の顔と名前を張り出すべきであった、その残党が後も暗躍して同じような事件を起こしている。すべてが隔靴掻痒である。

勝てば官軍の日本では、総理の友達とか、知り合いは逃げ切れることが普通で、役人も忖度して出世した方が楽な生活を送れるから、何を言われてもカエルの面に小便で罪悪感など何もないだろう、追及する側の人間が
楽な余生を保障しない限り、忖度議員と平目役人はなくならないだろう。

オリンピックも終われば、一気に景気が悪くなるのはわかっている事だが、権力者たちはオリンピックやスポーツが死ぬほど好きかと言うと??であろう、票と金と名誉以外に興味のない政治屋がやるのは、人気取りと国民が喜んでいる間に他の事をしたいか、悪政から目を反らす狙いがあるからだと思っています。

以前、ある都知事が日本の金メダル見たいだろうと煽り、招致が決定するとこれで増税しやすくなったと言った
本音は増税であり、何に使うかわかったものではない、オリンピック反対などと言うと非国民扱いされるので中々
言う人は少ない。

かってサッカー王国ブラジルでさえ、ワールドカップよりも国民の暮らしだとデモがあった、一過性のスポーツよりも国民の生活優先であろう、借金もなく原発の後始末も完璧にやれた後に、それでは福島でやりましょうが本当であり、それが真の民意ではなかろうか・・

選手たちがやりたいのはわかるが、金メダルの選手は人間も素晴らしいのだろうか、その競技に関しては賞賛
されてもいいのだが、何が何でも金は何か違うような気がする、オリンピックの後に政治家になった選手たちを見ていると選手時代に輝いていた頃が色褪せて見えるのは私だけだろうか?

個人の記録は国とは関係ない、国と関係あるように最大限利用したのがヒットラーで、今もそういう国がある、日本はそうなる必要はない、頂点に立つのは世界選手権でもいいわけで国の称賛があろうとなかろうと全力を尽くして勝敗はその結果である。もう一つ言えば、活躍すれば大金が入るプロの世界にいて、国の名誉も手に入れようとするは如何なものか?国の役に立ちたいと言えば聞こえがいいが、結局は権力者の役に立つことになる

何億も稼ぐ人間は、辞退して陽の当らぬアマチュア選手たちに席を譲るのが本当のオリンピック精神ではなかろうか・・プロになれないかもしれない、またはオリンピックが最高の思い出となって社会人となるかも知れない人達に場を与えるのが本来のJOC幹部たちの仕事であろう、金 金 金メダルと銭ゲバの成金のような考えは見苦しい、これが阿部総理の美しい日本だと言われれば、そうかと思うしかないのかな

JOCが日本プロ協会の集団であれば、何もいう事はないが一応、スポーツの健全な発達と国民の心身の成長を
推進する所ではないのかな?日本にかっての東ドイツのようになって欲しくないと思うのだが、金をつぎ込み金をとる行為も度が過ぎると見苦しい、東ドイツは尊敬されていただろうか?独裁政権が他に誇るものがないので
金メダルに固執しただけであろう、日本は他に誇るものがないのだろうか・・・・

クーベルタン男爵は参加することに意義があると言ってなかったかな・・・いつの間にか国別対抗戦になってしまい、不正をしても薬を使っても金メダルとなったが、勝てば官軍は洋の東西を問わないか?私はそんなにシャカリキになって金メダルを取らなくても、穏やかな日本であって欲しいと願っています、大政翼賛会と化しているマスコミは権力者の意向に逆らうようなことはしないだろうが。

武道と言えば、こんな話があります、江戸時代、剣術で日本一になった武士の妻が、我が亭主がそんな偉い
人だとは今まで気が付かなかったと、家ではおとなしく風流をたしなむ人間で自慢する事もなく、静かな侍で
日本一と称賛されてもその生活態度は変わらなかった 日本の美の神髄はそこにあるのではと思います。

どれだけ金を使っても招致したかったつけが、JOC元会長の疑惑につながったのでないか、?フランスにとっては日本の元皇族だろうと関係ない、ゴーンの事件がなければ、どうなっていたかはわからないが。言えることは
米国の自動車のビッグスリーが、同じような事をした場合、逮捕と長期拘留をしたかどうかで大統領に何も言えない日本政府では政治的決着をしただろうと思う。

裁判所の判断だからと逃げるだろうが、日本の風土では最高裁は権力者に弱いことは国民の多くは知っている。プライドの高いフランスとしては米国に出来そうなことを何故、日本政府はしないのかと思っているのだろう
それが元皇族の尋問、逮捕さえ匂わした遠因ではなかろうか?

元号が変わるからと言って休日を増やすのは如何なものか、国民は公務員ではない、ほとんどの国民は中小企業で働いている、要するに日給月給の人が多いという事で、完全月給の公務員とか、大企業の社員はいいかも知れないが、働かない日は金が入ってこない人達にとって連休があっても家族旅行も出来まい、常に権力者たちは自分たちの都合ばかりで、国民不在である。

元々 元号なぞは時の権力者が勝手に決めたもので、時も支配していることを民衆に示す道具で、今も独裁政権の国では西暦ではなく、独自の暦を出している所がある。日本では将軍や天皇が決めていた、今は日本政府が決定するようだが、令和ではなく冷酷 冷色の間違いではないのか・・・巧言令色の多い議員たちにはピッタリではなかろうか

令和には温かみがまるで感じられない、温和とか春世の方が余程いいと思う、日本古来の万葉集から選んだと自画自賛していたが、使用している漢字は中国から渡って来たものであり、大体、漢字ばかりの万葉集を読めた日本人が当時どれくらいたのか 今でも読める人はそう多くはない、今も昔も学者か役人しかおるまい。

又も害務省の全権大使とかが、セクハラで訴えられているが、そんなものは氷山の一角であろう、被害者は大使館に勤めて日が浅い女性らしいが、彼女も勘違いしている所がある、日本を代表し天皇から信任状を頂いている偉い人だと書いていたが、そんな御大層なものではなかろう

彼らは公僕であり日本の出張所の所長に過ぎない、ODAなどで利権を得たい日本の商社などが、閣下などと持ち上げるから、その気になり、踏ん反りん返っているだけであろう、天皇の信任状などは内閣が任命すれば、セレモニーはあるが、自動的に出されるもので人間を天皇が吟味するわけではない。

多くの庶民にとって旅先でなんかあっても大使が出てくるわけではなく、部下たちが対応する、閣下と呼ばれる人間が対応するのは議員とか、権力者、大会社の幹部までである。大使を数回やれば、家が建つと噂されている外務省の役人ようにとっては有難い職場であろう。被害者が騒げば、いずれはどこか、目立たない所に回すか自発的に辞めるように仕向けるだろう。

立場の弱い人間が訴えるにはそれなりの理由と事実があり、こういう訴えをしたら、外務省に在籍するには快適な職場とはならないだろうと思いながらの訴状であると私は思う、全権大使で偉い人だと持ち上げたのは皮肉なのか?真にそう思っていたのか?わからないが。マア外務省が役に立っていたのは明治末まであろう、匿名全権大使ならわかるが。

こういう厚顔無恥の幹部たちに共通しているのは、絶対、自分の上司とか、偉い人間にセクハラとか暴力はしない、例え、酔っていてもしない、忖度や最敬礼はするが。立場の弱い人間にしかしない、それも証拠があいまいな場所でしかしない、これからの日本では上司に会う時はテープレコーダーは必須なものでかつ、監視カメラの前でしか会わないようにする事を義務付ける法律が必要になるかな

阿部総理は女性が輝く社会とか何とか、御託を並べていたが輝きはしないが目立っていたのは総理夫人だけではなかったか・・・日本はまだまだ閉鎖的な社会でであり、彼女が総理の友達の娘であったら違う展開になっていただろうが、こういう役人はそういう情報はしっかり握っているので、そういう時は最敬礼でハグした事でしょう

断られてからもメールをしていたのは本人がまだ、自分に気があると勘違いしていた可能性があると擁護していたテレビ番組があったが、それは勘違いしていただけで本人は善良な一市民であると演技して逃げ切ろうとする
狡猾なメールではなかったかと思う

ペーパーテストだけは優秀な官僚であるから、それくらいは考えるだろう、こんな男が全権大使でイラン親善協会の会長に押されていたとは、漫画である。高官と議員は普段は何をやっているのかわからないと国民は思った方が間違いなかろう。

ギャンブル都市構想が決定したそうだが、競馬競輪、競艇 パチンコ やくざの賭場もあり、賭け麻雀は当たり前の日本で、何でまた、ギャンブラーを増やしたいのか、さっぱりわからない、マア、政治家たちにはおいしい利権があるのだろう、片方でギャンブラーを増やし、片方で博打依存症を減らすために万全の対策があると豪語しているが、マア無理だろうし、そこまでして博打うちを増やしたいのか?

パチンコは射幸心をあおるとか言って、一発台とかを規制してスロットマシンはいいのか?、ルーレットやカードがやりたければラスベガスかモナコに行けばいいだろう、ラスベガスは何もない砂漠であったので、集客するには歓楽街が必要悪であったかも知れないが日本は何もない土地なのか?

日本の政治家にはギャンブルマンが多いのだろうなー、かって有名なギャンブル政治家がラスベガスで大負けして政商のOに助けてもらったと週刊誌などに載っていましたから、政治家が賭博好きなのを驚くことはない
しかし、負けるのは勝手だが、額に汗して税金を納めている庶民に申し訳ないと思わないのか、政治家や公務員の収入は税金ではないのか・・・全員が公務員ならいいが、博打はなるたけ減らすような政策が正しいと思う

国民栄誉賞をイチロー選手が断ったからとニュースになりましたが、私は拍手喝采です、権力者に利用されなくても彼は世界のイチローですから、こんな賞を受け取る必要はないですね、どういう基準で選んでいるのか、わかりませんが、人を利用して人気を取ろう擦る魂胆は目に見えているので、これから、どんどん断ればいいと思っています。マア、国民不名誉症とか、国民不在症とかなら、政治家、役人にも一杯いますが。

平成の徒然草 162話

徒然なるままに書いた書が兼好法師の徒然草であるが、今でも広く読まれているのは教科書などに載って、学校で教え、受験にも使用されたからであろう、この本の成立したころは鎌倉時代であり、文字を読み書きできる人はそう多くはない、日本全体の何パーセントくらいであったか?

兼好法師も現代、かくも読まれているとは想像もしなかったであろう、武士の世が長く続くことになるのか、またもや公家の政権になるのか、誰もわからない時代に書いた随筆が貴重なのは歴史を探る価値もあるからで、書物も書く人も少なかったので近代の学者たちの研究材料となった。

紙自体が貴重なもので、一般大衆が書くことは中々、至難であった筈で、貧しい人たちは明日の暮らしよりも今日の命であり、とても書を読んだり、勉強したり、本を書くことまで行かなかったと思う、それをやれるのは坊主か
暇な貴族階級か、高級武士階級であろう、しかし、兼好法師のお陰で当時の人達の思いや生活の一端が少しでもわかったのは良い事であった。

さて、同じく暇に任せて書いた文章であるが、私のは人に感銘を与えるような名文ではなく、書物が氾濫している
時代、ましてネットなどで世界中に文が飛び交う今、歴史的価値のある筈もなく、ただ、ひたすら駄文を書いております、私の文章が、後世で陽の目を見るとすれば、他の書物などが消失して私の本だけが奇跡的に残った場合でありましょう・・・・・

徒然草とは天と地の違いがあるでしょうが、兼好法師もまさか、受験の為の古典になるとは思いもよらず、心にたまった思いを書いてストレス発散をしていたのかも知れず、名文を書いて余人を驚かそうとか、名を残そうとかは考えていなかったでしょう、こんな文章を書いてみたがどうかなー程度ではなかったか?

歌人でもあり、神官の出てあり、坊主でもあり、朝廷や、鎌倉幕府の要人とも付き合いがあった知識人であった
人に比べれば、私は本当に暇を持て余した駄文家で、なんら、人のお役に立っているとは思えませんが、人は
こうあって欲しいと願う気持ちはあります、それが私の文章の中心で、権力者や国の役に立たなくても、庶民の
生活にささやかでもいいから、微かな光でも感じて頂けたら幸いであります。

さて、人間の能力は努力によって天才になれるかと言うと、私はなれないと思います、天才は生まれながらに決まっているもので、今の学校教育は、努力次第で皆、天才になれる、ガンバレと叱咤激励していますが、本当に
そうでしょうか?音楽家は努力でモーツアルトやベートーベンになれるのか?画家はダビンチやピカソになれるのか?

学者は努力すればアインシュタインになれるのか?葛飾北斎になれるのか?江戸時代は現代よりは誘惑も少なく、環境も多様ではなかった、絵の修行に打ち込むには適していた筈だが、北斎を越える画家は現れなかった
日本の音楽環境が初歩の頃でも三浦環は、世界で絶賛された、上野音大から芸大と名前も変わり、環境も良くなったにも関わらず、三浦環を越える声楽家は出なかった。努力しなかったからだろうか・・・・・

何の分野でも自分の才能の限界は感じることはある、大抵の人はそこで諦める、天才は軽々と超えていく、努力で勝ち取れるのは、天才の足元まであろう、野球でもプロの選手には中々なれない、ましてメジャーリーグで活躍できる人は少ない、そこで頂点に立てる人はほとんどいない、努力が足りないからからだろうか?

努力次第でプロの選手にはなれるだろう、メジャーのマウンドに立つことも可能だろう、しかし、トップには努力だけではなれない壁がある、努力だけでレオナルドダビンチになれると思う人はほとんどいないだろう、楽譜の読めなかった美空ひばりになれるだろうか?歌手は皆、美空ひばりになれるのか?その場に立った人だけがわかる事があり、人間、努力次第で可能だと言う人は詐欺師か、現実に立ったことのない空想家であろう。

凡才でも努力すれば、ある程度の所までは行けるが正解で、努力で私は金メダルをとりましたと言う人はいるが
それは競技人口が少ないか、たいした天才がいなかったか、その人自身が天才であったかであろう、短距離界では何年も世界一であれば、天才と言ってもいいだろう、誰でも子供の頃から足の速い子がいた記憶があるだろう、しかし、努力すればその子が、金メダルを取れるとはほとんどの人は思うまい、

短距離とか中距離では、黒人系の人達には適わないというのが、ランナーたちの実感であり、それで女子は長距離に転向する、努力では限界がある、その中でトップになるのは天才である。学校だけは誰でも努力すれば
東大に入れると激励する、学問に向かない子供たちにも半強制する、努力でかろうじて東大に入れる子はいるだろう、しかし、その先はどうだろう?

何の為の東大なのか、プロ野球の一軍選手になれただけなのか、その後の生存競争で落後していく選手は多い、二軍で終わる選手も多い、プロにはいるまではそれなりの資質を見せた人達だ、誰しも努力すれば、王、長島、イチローになれるのか?その場に立った人は言うだろうか?努力すればなれると、成れないのは努力が足りないからだと。

それでは何故にそういう虚言がまかり通っているのか、一つは親たちが我が子に楽な生活、立身出世を望むからで努力次第で有名大学、東大、京大に入れるなら入れたい、子供の能力も考えずに叱咤する場合とか、親の見栄などである もう一つは出来の悪い子供を持つ親たちに、夢を与えるのが教育であると思う大人たちがいるからである。

就職するのに学歴が何の関係もなく、高卒だろうと中卒だろうと給与も昇進も同じ社会であれば、どのくらいの人が進学するか見たいものだ、中には労働よりは遊ぶ方がいいと進学を選ぶ人間もいると思うが、真面目に働いて親に楽をさせたいと思っている人間にとって、差別がなくなれば、苦学しても学歴とは思うまい。学ぶ学生が
減って困るのは教育産業の商売人たちである、無論、教授も文部省も苦い顔であろう。

誰もが同じ夢を見るわけはなく、そんな必要もない、人生色んな選択肢があって当然で、大工でも調理師でも
歌手でも画家でもいいわけで、それを全員同じ方向に向けて、追い込むのは如何なものかと思う。子供の頃から努力すれば東大も夢ではない、馬鹿な子供はいない、努力が足りないだけだと吹き込む大人がいるから、それなら塾に通わせましょうとなる。

戦時中の予科練募集と同じで、若い子は全員飛行機乗りに志願するのが当たり前と全員、戦闘員となることを進め、煽るのとたいして変わらない、兵隊に向こうが向くまいが志願させる、それが強制なのか自主的なものかの違いはあるが、同じ方向に進むのはどうだろうか?いずれの学校も東大合格率を競い、人間教育は後回しである その結果、人生経験が勉強だけの東大馬鹿になる危険がある。

つい、最近、韓国で酒に酔って大暴れしたキャリア官僚が厚労省にいたが、帰国後のパソコンでは被害者のような事を載せているが、現場の証拠もあり、暴言も残っておりながらの言い訳で真に見苦しい、泥酔ではないとしたら、余計に酷く、仕事でないなら嫌いな韓国に行かなければいいのに。こういう官僚が上司や総理などには平身低頭で平目官僚の典型であろう

学校の成績は良かったから、高級官僚になれたのだろう、こういう人物は試験問題では腹が立っても外国の人とは仲良くしましょうなどと答えるのでは。以前、、酔っ払って警官を叩き、平巡査のお前に俺を逮捕できるのかなどと暴言を吐いた官僚がいた、また、NHKでは幹部がタクシー運転手を足蹴にした事件もあった。そう言えば人気グループやタレントにも自分を大物だと勘違いして暴言を吐いた者もいたが・・・馬鹿につける薬はないか?

酔うと本音が出るのが普通で、自分より下の人間、下だと思っている人間には徹底的に強いのがこういう人間に多い、私の最も嫌う人種である、間違っても大臣とか、大幹部に蹴りやパンチをふるう事は酔っていてもしない故に上司も気が付かない、または上司もそういうタイプだから出世したのを見習ったのかも知れない。

無論、彼らが高級官僚になれても、天才ではない、答のある問題を解く作業に強いと言うだけで、国民の役に立つかどうかは別で、大抵は権力者の役に立つだけである。こういう官僚は民間では解雇であるが、役所ではどこか、目立たぬ部署にほとぼりの醒めるまで置くか、どこかへ天下りであろう。そういう面倒見はいいだろう。

こんな無恥で酒乱の上司に、御無理ごもっともでございますと仕えてきたノンキャリアの部下たちこそ哀れである
他のキャリア官僚も似たようなもので、上に目が向いても下に向くことはまずなかろう、平目役人とはその通りで
それで一生を終え、勝ち組と呼ばれるのだろう・・・

人間に完璧な人はなく、誰しも欠点がある、そういう人間の集合体が国となり、ろくでなしがトップになる仕組みが今の日本であるが、それでも、完全独裁の北朝鮮や中国、ソ連よりはましであるのがせめてもの救いか??
表向きは正義と平和を唱えているが、実態は我欲の金権亡者たちが、世界を動かしているのが現状か。

かってイデオロギー論争で、中ソは対立したが、何のことはない、北朝鮮は世襲の金帝国である、それを支援していた中ソの何処が共産主義で、人民の国か?みんな、自国の利益になれば何でもいいのが現実で、米国は
自由主義を金看板にしているので、そう、あからさまにには出来ないのか辛い所だろう。

平目官僚と金権政治家の我が世の春はいつまで続くのであろうか?かって日本はは幕藩体制が正義であった、それに反旗を翻して改革をやった薩長政権が潰れたのは徳川政権と同じ、米国の外圧であった、中身が腐れば
同じ運命をたどることになる、今の自民党、安倍政権が正義である保証はない、反旗を翻した方が正義かも知れない・・・徳川は260年以上続いた・・・この政党政治が後、百年も持つとは到底思えないが。

追記
平成から令和とやらになったが、こんな事に大騒ぎしているのはマスコミのせいだろう、権力者に忖度したのか、出来るだけ賑やかになるように頼まれたのか知らないが、オリンピック以外、何もいいことがなさそうな政権にとっては国民が浮かれるのは望ましいだろう、オリンピックも終われば、美空ひばりさんのお祭りマンボと同じような結果になるだろう。

元号などというものは権力者たちが権力を誇示する為、勝手に決めて来たもので、天皇の力が強ければ、天皇が、徳川将軍の力が強ければ、将軍がもっともらしい元号をつけて来た歴史があり、今も、中国の書物ではなく万葉集からとった、日本の元号だと自画自賛しているが、漢字自体は中国から取り入れたものである以上、何の意味もない。ひらがなの元号なら別だが

江戸時代の庶民にとって、権力者が亡くなる度に元号が変わるのでは覚えきれまい、大名や大商人は知らず、普通の人達には、元号なぞ関係なく、その日その日を生きて行くのに必死であったろう、今も庶民も同じような
ものだが、役所とか学校、ビジネスなどでは昔と違い、使用しなくてはならないのが少々、面倒と言えるか。

令和ではなく、平和でも良かろうに、西暦ではなくどうしても元号にしたいのなら、五十年とか、百年で変わるように決めればいいのだ、どちらを使ってもいいような事を官房長は話したが、運転免許証などはどうするのか?西暦で通るわけはあるまい、お上に逆らう不埒者として扱われるだろう。権力者は独裁国家に限らず、役所の決めた事に、素直に従う人民がいいのであって、私のように醒めた眼の人間は歓迎されないのは今も昔も同じである


子供は国の宝と本当に思っているのか?161話

よく、子供は国の宝だと声を大にして言う人が日本では多いが、官僚、政治家たちは本当にそう思っているのかいつも疑問に感じているのは私だけだろうか?戦前もそう叫ばれていたが、その心は兵隊と納税の為の人材確保が目的であった。産めよ増やせよのスローガンの元、子供が多い家庭は当たり前でその傾向は戦後もある程度は続いた。

私の世代では五人くらいの子供は普通で、一クラス五十人程度はざらにあり、当時の教師の理想数は三十人学級が望ましく、それくらいだと子供一人一人に目が届くと言われていたが、現実は少子高齢化が進み、どんどん
子供が減り、クラスの数も減ったのだが、一人一人に目が届いているかというと??であろう。

貧乏人の子沢山で、余った人間は移民で外国に放り出し、戦前は満州、南米、ハワイ、戦後は南米に送り出し
実態は一握りの成功者を除き、棄民であった。国の宝を困難な外地に送り、後は野となれ山となれで、政府高官の家族が、そういう場所に放り出されたら、一月どころか一週間も持たないであろう。

普通の家庭でも兄や姉のお下がりの教科書や、衣服が珍しくなかった子沢山の時代から、一人や二人の子供が当たり前になった今日、真に子供は国の宝であり、人間国宝や国宝よりも大切ではなかろうか・・・

過日、小学生の女の子が父親に虐待され亡くなったが、連日、正義を振りかざして政治家、マスコミが騒いでいたが、今に始まった事ではあるまい、以前からあった事で、これからもあるだろう、まずは児童虐待罪という法律を制定したらという提案があるのに、そういう風に進んでいるとは思えない、自分たちに有利な事、不利益な事に
関しては、世論を無視してもすぐに議員立法とか、多数決で決めるのに総論賛成 各論反対なのか?

国の宝である児童を交通事故とか天災で失ったわけでもなく、頭のおかしい親の為に失うのはあまりにも悲しく
何もできなかった大人たちを見れば、情けなくて声も出ない、今すぐ、虐待児童を守るためには何でもやるべきであろう、原因究明とか言っているが、家族を虐待してストレス発散をしている親は何処にでもいる。

米国にならい、一度でも虐待があれば、成人するまで二度と会わせないか、選挙だけは成人と認めた出鱈目な
年齢18歳まで会わせないか、真に自分の意見と体力がつくまで、保護施設に置くべきだろう。教育委員会の幹部が、父親の態度に恐怖を覚えたと言うが、彼は暴力団員なのか?教育者が恐怖を覚えるほどなら、子供は
沈黙するしかあるまい。

子供の書いた紙を見て、内容文書のコピーを渡したと言っているが、誰が見たって、子供が書かされたと思うのが普通で、そう思ったが渡したという事は、役人特有の事なかれ主義か、保身の為としか思えない。何とかなりませんか・・と悲痛な叫びを握りつぶしたのが、ただの役人ならまだしも卑しくも教育に携わる連中とあっては
何をか言わんやである。

自分の知人や家族の子供であっても同じ態度なのか?移民政策の高官と変わらない、後は野となれ山となれではないか?こういう教育委員会の任命する校長などの管理職も押して知るべしか、父親は職場では問題なかったと報道されているが、そんなにストレスのたまる仕事であったのか?それとも職場では無理に合わせていたのか?そのストレスが原因なのか?

そうでないとしたら、この父親の性格が異常であったと言うべきで、沖縄時代からあったのが今も続いていたとしか思えない、転校したとき、次の学校には何の報告もしてなかったのは、前の学校の管理職の保身で、厄介な
親のいる子供がいなくなって一件落着なのか? ひと月も学校を休んで何も思わなかったのは児相からも前の学校からも報告がなかったからであろうか?

マンモス学級で生徒が百人もいたのだろうか・・・・生徒の確認も出来ない程、教師は忙しいのか、何の指導も
しなかった管理職の校長や教頭たちの責任はないのか?何で転校してきたのか、しつこく聞くべきであろうに
そういう学校体制を改めるべきだろう。

以前、管理職になるのに校長、教頭候補などが、教育委員会の幹部に付け届け「金品など」をする慣習が明白になりマスコミに叩かれたが、もう、それはなくなったと思っている国民はほとんどいないだろう、そういう決定権を持つ教育委員会の幹部は誰が決めるのか?それが問題である。

民間でも出世したい人間が、幹部に付け届けと言うか、金品などを贈るのは珍しくもないが、公的機関の人間の
教育現場であるのは如何なものか?全国では滅多にないというならまだしも、そうではなさそうだというのが問題で、元が人格高潔、信念ある人たちが上にあるなら、下もそうなり、子供優先の対応となる筈である。
再度いう、農業委員会とか、建設委員会ならともかく、教育委員会を名乗る以上、辞職しかあるまい。

転校理由は何と書いてあったのか?子供にとって転向は友達との別れもあり、心に傷が残ることであり、簡単には転校はない、そのへんの事は教育者なら気がついている筈だが。他にも色々、対応しなければならない件が
あり、一つの事に構っておれなかったというが、免罪符にはなるまい。

今、政権も官僚も、ここぞとばかり、票と人気取りの為に騒いでいるようだが、すぐに出来ることは児童虐待罪の
制定であり、何でもやるという事で、人でも相談所でも 施設でも増やすべきは増やすべきで、国の一斉点検などという空虚な指令は、教育委員会などは適当に報告して、まずいことは隠すに決まっている。

面倒な事を言って来たなーが本音ではないだろうか?今、是だけ騒がれている時に実はうちの学校でも酷い
虐待をする親がいると報告する管理職はあまり、いないだろう、もっとも軽度の虐待を報告して後は隠して終わりではなかろうか? まさか、死に至ることはあるまい、自分たちが管理職をしている間に起こらなければ良しか

いくら、人を増やしても、何の信念もない事なかれの人間ばかりでは何もならないが、少しは役に立つ教育者が出る事を祈るしかないか? 父親に訴えると言われて恐怖するような役人、または威圧的態度に下がるような
教育者ばかりでは・・・他の県も似たり寄ったりであろうと国民は思うか、我が県だけは違うと思う県民が多いか

教育委員会ではなく、無教育委員会とか生徒放任委員会とかに改名したらどうだろうか・・・上からの指令だと
現実に向き合っている最前線の人達の意見が通るとは思えない、管理職たちはまず、自らの保身と出世が第一だから、自分の子供でない限り、責任をとらなくていいような回答しか出すまい。

ここも、安倍内閣と同じで、役人の書類の紛失や記憶喪失が多いだろうが、韓国と同じ反対内閣になれば、書類も出て来て記憶喪失も治るだろうが、国の宝が消えたのにいい加減な対策では、亡くなった子供浮かばれまい、妻の立場も難しく、亭主が逮捕され子供が小さい場合、生活保護しかない時、我慢してしまう事もあろう。

亭主の親は息子を庇うだろうし、自分の親にも援助を頼みにくい時、どこに助けを求めるのか、生活保護を受けなくても子供がある程度の年齢に達するまで、虐待児童の場合、別枠で支援する制度も必要ではなかろうか?
米国のバカ高い兵器はどんどん買って、こういう予算はないと言うのも不思議である。楽に生活が出来る制度があれば、虐待されている妻たちも子供たちも声を上げるのではと思います。

日本の総理は米国大統領に忖度して兵器を買い、挙句はノーベル賞推薦とはゴマすりも度が過ぎるというものだ、そしてそんな総理に日本の平目官僚 平目議員が群がって忖度、さすれば、下の人間も忖度となり、国の宝は子供ではなく、アホ総理となったのか?それにしても、阿部夫妻は品がない、鳩山夫妻は宇宙人とか奇人変人と言われていたが、品格は今の夫妻よりはあった。やじを飛ばす総理を見ているとこんな男が日本の代表か
と悲しくなる。長州も維新の傑物とは程遠い人間しかいなくなったのか、明治は遠くなりにけるか。

戦前であれば、女は三界に家無しと言われていたから、忍耐するしかなかったが、もはや、戦後ではないと政治家たちが豪語してきた昭和も過ぎ、平成も終わらんとするに、虐待と忍耐が後を絶たないのは何故だろう・・日本という国は良い国なのだろうか? 一部の人達にとっての良い国ではなかろうか・・・勝てば官軍、何をしてもいいのだと思い違いをしてきた薩長政権から今に至るまで、何か違うような気がする。

虐待された子供は、不運だったで済まされるだろうか?無職の親とか同居した男性の暴力とかが一時、騒がれたが、一応 勤め人の父親に虐待され続けられた今回は何処の家庭でも起きる可能性があるだろう。

本当に何とかなりませんか? 唯一の息抜きが学校であっただろうに、一月も休まされて毎日か地獄の日々ではなかつたか・・・・教育者を名乗る者は恥ずかしくて、直ちに辞職するか 教育に関係のない部署に異動が筋であろう、彼女の転校は死につながったが、教育者の転職は命は保証されるだろうから。何ともなりませんと答えるのはダメな大人の一人である私も非常に辛い。

カラス猫の独り言 161話

正月が来た しかし それは毎年の事で珍しくもない、他の動植物にとっては一年のうちのある日であり、関係のあるのは猫とカラスくらいであろう、何か知らんが寒くなったある日に食料がほとんど、出なくなる日々があると
長生きしているカラス猫は記憶している、人の世界ではゴミと呼ばれているそうだが。カラス猫にとって苦難の日々に規則を破ってゴミを捨てる人は、彼等にとっては救世主であろうか?

人間は絶滅危惧種に近くなると、大騒ぎして保護活動をするがカラスと猫はどうだろうか、日本では野良猫とカラスは追い払われ、捕獲抹殺の運命にあるが、生きているだけなのに不運としか言いようがない、熊は山から下りて来なければ抹殺されることはないが、カラス猫に山へ行けとは言えないだろう。

人間は神ではない、熊もイノシシもニホンオオカミのようにすべて殺戮すれば、農民も助かるだろうが、完全抹殺を農民も望んではいない、彼らが山奥にいる限りは害はなく、お互いが幸せである、どちらが悪いかと言えば、人間の方であろう、動物は元々、そこで暮らして来たのを人間が観光とか、道路とか、宅地開発などで彼等を追い詰めたせいである。

人間が生きて行くのに必要な、最小限度の自然破壊なら、やむを得ん場合もあるが果たして最小限度であろうか?車や何かで行けるのは便利であるが、人間が足で登れない山などの自然はそのまま、残しておくべきだろう、人が観光などで車で登って来るのは、動植物にとって迷惑か、死活問題である

動植物が幸福であったのは、江戸時代までである、当時は鶴も東京まで飛んで来て越冬していた、海も川も汚染され、魚たちにも大きな影響を与えたと思う、北海道のサケやマス、今では幻の大魚となったイトウなども内地の日本人が移住して、減少の一途をたどった。

昔からいた日本の住民であったアイヌの人たちには迷惑どころかアメリカのインディアンと同じ運命となった、正義が勝つわけではなく、力あるものが弱い者を淘汰する弱肉強食の掟が人間にも動植物にも適用された、ああ無情である。

動植物に悪人はいないと思う、彼らは生存の為に他の生物を殺すことがあるが、善悪で判断しているわけではなかろう、故にライオンなども弱い子供を狙う場合がある、それは象の子供も例外ではない、そのかわり親の象に反撃されて殺されることもあるから命がけである、動物の世界は弱肉強食であるがそれが正義に反するとは言えない、それは人間の論理である。

人間は熊でも何でも子供を殺すことはほとんどない、鷲もライオンでも同じでそれが人間たるゆえんで、慈悲の心があるからでしょう、それゆえ、日本では食事の前に戴きますの習慣があるが

それは他の生物の命を頂いて生きている人間の礼儀というもので、その習慣がいつから始まったかわからないが、仏教伝来からかも?知れぬが、ただの慣習として形式的にやっている家庭が多いとは思う、外国では神に感謝していただくが、その本質は他の生命を奪わないと生きて来れなかった人間の哀しさでもある。

昔は、アメリカでもバッファローを殺しまくり、アフリカでも象狩りとかライオン、、ゴリラ、シマウマ 何でも狩猟と称して大殺戮を白人たちはして来た、明治になって日本の金持ちたちも真似する者が現れたが、まことに悲しむべく事をしてきた、白人がやることなら、許されると思ったのか?日本の良き慣習は何処へ行ったのか?

人間は残酷な動物でもある、イルカやクジラを殺して食べたり、捕らえてイルカショーに利用している、それでは
牛や豚はいいのか、日本では農耕に牛馬を利用したが、食用とはしなかった。武士も乗馬には使ったが食用ではない、要するに家畜を食べずとも何百年も生きて来た歴史があり、殺生は最低限に抑えて来た。

それが明治以来、勝てば官軍の薩長政権により、欧米を見習い、強健な兵士を育てるには肉食だとなり、家畜を殺すことに慣れてしまった、人が殺したのを食べるのは野蛮ではないという理屈であろうか、欧米は日本にパン食を普及させ、小麦を売ろうとした、キリスト教の普及は思うようにはいかなかったが、パン食は成功して日本人の米離れにつながった。

植物を食べて、生活するスタイルはもう、日本には戻って来ないだろう、肉、肉、ステーキの肉食生活が蔓延して
いずれは、日本人も白人並みの体格と剛毛だらけの動物になるであろう、日本人を肉食生活にしたのは成功したが、それは自国の牛を売りたい欲があったからで、日本人が自前で牛を育てて売るようになるのを望んでいたわけではない。

欧米では闘牛ショーもあり、それが悪いと言う感覚は彼等にはなかった、クジラが減って来たからクジラ獲りは
駄目だとクジラを食さなかった白人は言う、食料が極端に不足するようになれば、当然のように捕鯨が始まると思うが、今の日本にクジラの肉が特に必要なわけでもなく、捕鯨技術のノウハウはPCに保存しておけば、優秀だと豪語している日本民族であれば、復活は容易であろう

ここは捕鯨を中止して、白人の肉食生活がどのようになるか観察しておくのが正しい選択と思う。動物を殺し続けて、食を満足させる生き方が何処まで続くのか見守りたい。イエスキリストは天から牛肉を降らしたのか? モーゼは流浪の民に肉を与えたのか

欧米のスタイルが真に正しいのか、捕鯨に反対する団体の人間は全員菜食主義者なのか?ただ、クジラが減って来たから反対なのか?自国の食生活を人に押し付けるのは如何?ゴリラが増えたら殺し象が増えたら殺すだけの単純な考えなのか?それではカラスや野良猫の抹殺とたいして変わらんのではなかろうか?

全員が菜食主義に変わらん限り、動物の抹殺は続くであろう・・私は菜食主義ではないが、肉がなくても構わない、人の家に招待されて肉を出されば有り難くいただくし、文句も言わない。ただ、牛を殺すよりは食べない方が
いいというだけである。カラス猫にとってゴミの中身が肉であろうと魚であろうとパンであろうと同じである

人間が動植物と違うのは慈悲の心があるからで、人の命は地球より重いなどと政治家は心にもないことを言うが、万物の生命は同じである、なるたけ共存共栄を計るのが人間の役目で、それが出来てこその命の重さであろう、中にはゴキブリにもネズミにも劣る命があるのも事実である。

日本人も明治までは殺生を嫌う生き方をしてきたのだが、明治維新とかで勝てば官軍となり弱肉強食の仲間入りをしてマンハント「人間狩り」に精を出すようになってしまった。名目は自存自衛の為とか、暴虐の中国を膺懲するとか言って戦争に突進してきた、マア、似たような名目で隣の国に攻め入った大国もアジアには今も存在するが、彼等には法律はあるが、慈悲の心はない、教えないからだろうが。

儲かればいい、勝てばいい、他人はどうなっても構わない、それは世界でも日本でも蔓延している、野良猫もカラスも地球の生き物であり、野良猫なぞは自然に生まれたものではなく、人間が飼っていた猫か、その子孫である、簡単に殺していい筈はない、万物の霊長が泣くと言うものだ。

まだ、スーパーボランテイァとか言われている老人に、感動する人がいるということは少しは救いがあるのだろうが、暇と金があってもそれを真似して実行する人は稀で、株や何かで金儲けに奔走しているのが現状で、汚い
金持ちや権力者たちに平身低頭して生きている人が多いのも事実である。自分たちの飼い猫は可愛がるが野良猫まではであろうか?

黒猫もカラスも時には猫、時にはカラスとして生きれれば楽であろうが、そんな事を思う余裕もないか?カラスと
猫ではどちらが餌にありつける可能性が多いのか・・自然界では必要以上に規制をする必要はない、町のイメージが悪くなるからと言ってホームレスを追い払ったり、野良猫を追い回すのはどうかと思う、それぞれが生きていていける社会がいいと思う、チリ一つない家はきれいだが息苦しく感じるのは私だけだろうか?

これから、オリンピックが始まるとで、またも見た目だけの町の浄化運動が起きるだろうが、そのままの日本でいいと私は思っています、阿部の為の阿部によるオリンピックで、それが終われば、大不況と借金が残り、後は野となれ山となれが見えている、オリンピックに反対すれば、非国民扱いとなりそうであるが、質素でありのままの
日本のオリンピックなら、福島の放射能の完全終結の後なら、私も賛成であったが。

日本人は桜の木とか、神木などは熱狂的に保護するが、他の樹や花にも桜にかける熱意の百分の一でもいいから大切にして欲しいと願っています、ビルは人工的に大きくも小さくも出来るが、名もない花や木々は生命あるもので育つには長い年月が必要なものもあり、一人の人間の生命より長く生きたものもあるだろう、それを人間の都合により簡単に切ったり折ったりしないで温かい目で見守って欲しいと思っています。

花は桜木人は武士などと、浪曲師によって宣伝され、パッと散って国に尽くせと軍国主義思想に利用され、ますます桜は日本人の顔となっていったのですが、江戸時代までは武士は松の木だと言われていました、頑丈で逞しく生えているのは古武士の如くで、武士はかくあるべしと。花は梅の木であった、万物の霊長ならば公平に愛するべきと私は思っています、好みがあるのは仕方ないですが何事も権力者に利用されてはなるまい。

日本で銃規制がなくなったらどうなるか?160話

アメリカは犯罪王国とか、安全安心のない国と言われているが、銃の所持が自由なわりには犯罪が少ない国だと私は思っています。日本が米国の様であった場合、犯罪や殺人が米国より少ないと思われるや?私には到底
そうは思われない、銃がなくても少しの事で殺人や傷害を起こす国民を見ていると銃があったら、物凄く増えるのではと見ています。

上司に腹が立ったり、恋人に振られたり、他人に渡したくないとか、金銭のもめごとだったり、国政に不満を持った人が、または市政に不満を持った人が議員や、役人を撃つことモあろだろう、学校での銃乱射もあるだろう
いじめにあった生徒が、反対に殺人を犯すこともあるだろう、誰でも簡単に人を殺せる社会には歯止めが必要で、今の日本にはない、

米国にあるかと言えば、普通の市民にはある程度はあるが、慢性的に貧困の環境で育った人たちには、生活苦を改善する為に、簡単に銃に頼るようになる、さもなくば、麻薬に手を出し自分も他人も廃人になり、殺人も平気になっていく、イスラムのテロは別として、貧困が激減すれば米国の銃犯罪は減るだろう。

日本では江戸時代、武士のみが刀の所持が許され、名字帯刀の農民は極端に少なかった。されど、切り捨て御免が武士にはあったが、滅多にそれをすることはなかった。やたらに百姓を切るような事は、年貢を納めてくれる
人間が減ることになるので、藩が認めなかった。武士は税金を納める事はないので、その分、犯罪に対しても
厳しく、大抵は閉門、切腹である。

武士にはプライドが求められ、貧乏でも百姓、町人とは違うとされ、渇しても盗泉の水は飲まないというように
子供の頃からしつけられ、腹が減っても我慢をしいられ、満腹のような顔をしていた、日本人の顔に表情がないと昔、外人から言われていたのは、殿様が失敗や何かをしても、顔に出さない訓練をしていたので、喜怒哀楽
がそのまま、出る外人と違うのは当然であった。

幕末の頃、新選組の隊士と紀州藩の武士とが喧嘩になり、紀州藩の武士が切られて死んでしまった、新選組としては御三家の武士を殺してしまったので、まずいなと思って紀州藩に問い合わせた所、当家にはそのような
武士はいないと返答があった、紀州藩も新選組ともめて遺恨になってもまずいし、負けたのは不名誉と考えて
そんな返答をしたのでしょう。

いかに大藩の武士とはいえ、百戦錬磨の新選組の隊士とでは勝負にはなるまい、とうじ、実戦を腕を磨く環境は
なく、平和ボケしたほとんどの藩の侍たちでは新選組に適うことは至難でしょうー道場剣法ては実戦で役に立つかどうかはその場に立ったものしかわかるまい。

人切り包丁と言われた刀を所持していた侍は、藩からも厳しく監視され、学問においても礼節を貴ぶように習わされ、簡単に刀を振り回すことはなく、刀とプライドは武士の両輪であったから、派手に何人切ったとか吹聴する
事もなかった。

何も歯止めがなく、法律だけだと捕まらなければいい、怒り心頭の時、手元に銃があった場合、ほとんどの人は
暴発するだろう、どうせ、ろくな人生を送るなら、派手にやってやろうとなるのではと思っています。米国では自分の身は自分で守らなければならない環境が長く続き、今に至っている。

外国では死んでから犯人が捕まっても何にもならない、犯罪者らしき人間が、目の前に立った時、婦女子でも銃があれば立ち向かえるという論理で、日本のように死んでからでも犯人が捕まればいいと思う人は少ない。その為に私立探偵がいて彼らは拳銃を所持している、あるいはボディガードもいる。

日本人も今の司法体制がいいと思っている人が多いわけではない、ただ、銃規制は必要だと思っている人は多いだろう、警官と暴力団だけが所持している環境がベストではないが、米国のように市民なら誰でも持てる体制では不安に思う人が大多数か?そうなれば、金持ちは拳銃所持のボディガードを雇うだろう。

秋葉原の大量殺人はもっと増えるかもしれない、官憲だけが銃を持っているのは公平ではないが、警官には厳しい規則があり、昔の武士と同じで簡単に人を射殺する事はそんなにはない。普通の市民が部屋に置いてある
銃を厳しく管理して社会のルールを守れるかどうかで、今の日本では危ういだろう。

人を殺せば一人でも死刑になるという完全な法律が出来ても、一人でも死刑なら逮捕されるまでもっと殺してやろうと思う人間が出るかも知れない、イエスキリストの国、米国でも多くの殺人者が出るのは、宗教では歯止めが効かないという事で、日本のインチキ宗教では猶更か?完全な法律を日本人は望むだろうか・・・

日本の権力者が言う核の抑止力、あ互いに核を持てば使用できなくなるは、銃でも同じ論理ではなかろうか
皆が持てば、使用しなくなるであろうか?限定された地域のみを攻撃できる戦術核なれば、全人類が死ぬわけではない、無論、個人の銃発砲よりは犠牲が多いが。

西部劇に出てくるガンマンたちにもルールはあった、破った者は縛り首かリンチである。皆が持った場合、殺人は
減るだろうか、増えるだろうか?持ちたくない人だけの街が多ければ幸いである、そういう街なら住みたいと言う人は増えるのでは、土地の値段がとか、上流社会に近いとかで騒がれている何とか墓地の所よりは。

西部劇のようにワイアットアープ保安官を必要とする社会よりは警官がいなくても平和でやっていける社会が理想だが、現実はそうはならず、トランプ大統領の言うには、教師が拳銃を持っていれば、学校での銃犯罪は防げるそうだが、今度は教師の人格が問われる事になるのでは、拳銃を腰にぶら下げた、ワイアットアープ的教師が
教室で授業では?それで完全に銃犯罪が学校からなくなるのなら良しと思うや皆さんは。

拳銃がなくても独裁者を倒すことは可能だが、すべては軍隊次第である、より厳しい銃規制が望ましいだろうが
現実には暴力団の闇拳銃は野放しで完全とは程遠い、暴力団を失くすことと銃を持たせないことのどちらが簡単なのか・・・強力な権力者なら銃を失くすことは可能だろうが、国民にとって危険な独裁者になる可能性もある
米国では無理だろうが日本で銃所持ゼロが出来ないとは悲しい現実で、それに本格的に取り組んだ内閣もない
憲法改正?には熱心だが。

日本人は米国より平和的国民だと言う人がいるが、そうだろうか?人種が複雑に混在していて銃規制が緩い米国と日本では事情が違う、日本でも他国から外国人が増え、市や県の半分近くを占めるようになった場合とか、
反日的外国人が増えた場合、米国のように日本人は寛容になれるだろうか?

声の大きい日本人が、大和魂とか、日本民族を守れとか騒ぎ大合唱になるのではなかろうか?私は米国の方が寛容ではないかと思っています。かって、リンカーン大統領が、黒人の人達に米国の土地を提供するから、そちらに全員、移動してもらえないかと提案したそうです、あまりにも色が違いすぎるからと。リンカーンとしては
奴隷として連れて来た責任は米国にあるから、彼等に土地を提供してなるたけ、紛争にならないようにとの配慮
であったのだろうが。

日本にイスラムの人達が難民として多く、来て定着した場合、とてもドイツのように寛容ではあるまい、今はドイツも反対者が増えてはいるが、宗教がまるで違うアラブの人達をよく受け入れていると思う、日本国が平和を愛する国民だと声を大にして言う程かは???だらけで、一旦、火がつけば、いつか来た道になるのではと危惧しています。

今、沖縄の人達が住民投票で八割近くが独立賛成になり、独立宣言をした場合、日本国は武力で弾圧するのではと思うが如何に・・・日本国民は賛成する人が多いか少ないか・・・基地反対、埋め立て反対を唱えている住民が多いのに米国の言いなりになって、ロシアの独裁者、プーチン皇帝にも日本には主権がないのか?独立国家
ではないのかと?揶揄されている情けない現状では独立されても文句は言えまい。

米国が独立OKと言えば、それはすぐに動き出す可能性は大きいが、米国にとって今の方が都合がいいのでゴーサインは出さないだろう、日本に金を出さして基地を維持する方がメリットが大であり、独立となると中国も
貸借契約に動くかも知れず、米国が全面的に金を出して基地を維持する破目になり、経済的に損をする事になり、米国が基地から撤退するときは、余程、画期的な兵器を開発して基地が不要になった時だが、今世紀に
来るかなーーそれはそれで恐ろしい事ではあるが・・・どんな兵器になるかである。

いずれにしても対岸の火事扱いをしている日本国民は、火が付いた場合ガンベルトの銃を抜くのか、拍手をして
沖縄独立に賛成するのか?本当に平和を愛する国民なのかはそれでわかるだろう。革命、テロを恐れる、権力者たちは国民に銃の自由化は許さないだろう、マア北アイルランドになるよりは愚鈍な政権でも良しとすべきか

アウシュビッシュとインパール作戦とシベリア抑留 159話

アウシュビッシュとインパール作戦とシベリア抑留の共通点は何か?それは助かった人達が被害者でもあり加害者でもあるという事でしょうーー加害者というと何か、大げさで犯罪者のように捉える方もおられるかも知れませんので、表現を変えれば、生き残れたのは死んだ人たちの犠牲があったからで、何らかの後ろめたさがあり
懺悔の気持ちがあるという事でしょうー無論、全員がそう思ったわけではないでしょうが。

アウシュビッシュは戦争とは関係なく、ほとんどがヒットラーのユダヤ人狩りで捕らえられ、絶滅収容所に送られた人達で、犯罪者でも囚人でもなく戦争捕虜でもありません、ただ、待遇が奴隷的囚人と同じで、最終的には全員死んでも構わない方針であるから、最低最悪の環境であった。ヒットラーと同じ時代に生まれたのが不運であったとしか言いようがありません。

しかし、ナチスの高官もヒットラーも実際に殺戮したわけではなく、部下にやらせたのだが、死体の片づけなどを
自分でやっていれば、すぐに音を上げただろう、また、自分自身で一人一人殺していたら、やはり、途中でやめただろう、子供を殺せば猶更である、自分の手は白い手袋のままで残酷な事は部下たちにやらせていたから、何の後悔もないか・・・

インパール作戦は参謀も将軍たちも行った事もないイギリスの陣地インパールを食料も三週間分くらいを持たせて、日本軍では誰も登った事のない、2千メートル級の山を幾つも越えて大砲や機関銃を運び攻撃するという無謀の作戦で、食料が少ないのは日本軍得意の現地調達「敵の領地の農民から強奪すること」で驚くには値しないが、中国と違いビルマの山奥にそんなに食料があるわけではない

大河を渡り、大砲なども分解して兵たちが担いで山を登るのでは、敵に遭遇する前に疲れ切って、その上、食料もない、雨季の来る前に片付ける作戦で三週間程度とみていた これは机上の計算で、敵兵の存在かなくてもかなり難儀な作戦なのに、まこと、日本軍は兵隊の命を牛馬以下としか見ていなかった。平地を五百キロ近く行軍するのも大変なのに山越えで、軍幹部たちと違い重装備である。

シベリア抑留は戦争が終わった後、日本に返すべきを自国の再建に安い労働力として奴隷の如く酷死したのは真に酷い話で、すべてはスターリンという冷酷非情な独裁者の命令によるものであった、こんな男を神様扱いしていた日本の共産党も哀れであったが、日本軍に非はなかったかというとそうとも言えない。

ドイツが降参して余った兵士を満州の国境地帯に集結しているという情報は、関東軍の高官たちは知っていたが、満州の開拓団などの日本人には知らせなかったし、戦争になる前に南に逃がすという事もしなかった、老人と婦女子と子供しか残っていない開拓団を見殺しにしたわけである、そして、戦争になれば自分たちは朝鮮国境まで下がるという事になっていた。そこには同胞を守ると言う発想はゼロである。

アウシュビッシュはヒトラー シベリアはスターリンという独裁者によって起きた悲劇であるが インパールは日本軍高官の無能による悲劇であった 三者に共通しているのは兵隊、同胞、人間に対して冷酷非情の指令を躊躇なく行える指導者たちということに尽きるか、人間味の欠片もない連中である。

インパールでは、後 五千人も殺せば敵陣を占領できるようなことを将軍たちが話していたと若い少尉が書き残していた、五千人とは日本兵の事である、敵兵ではない、何万、兵隊が死のうが勝てばいいとの発言だが、敵は
制空権を握っている、日本は飛行機はゼロである、兵器も食料も豊富なイギリス兵相手に無謀な戦を仕掛け、死ななくてもよい兵隊を殺している、兵隊にも家族があり、故郷があるという事を完全に忘れている。

インパールでは戦闘よりも飢餓と病気による死者の方が多かった、三万程度の死者のうち、戦闘で死んだのは
どれくらいだろう、三週間が二か月以上の戦闘になり、武器もなく食料も薬もない敗走の最中、死んだ兵隊の衣服や褌まで剥ぎ取り、人肉まで食べたとの記録がある、若い少尉も川までたどり着いたが、覚悟したとある。

死んだ人間はほとんどが兵隊で、下士官、将校は少なかったとある

ある下士官は戦争経験の豊かな我々は生きて帰れたが、体力のない兵隊は死んだと語っていたが、それは本当だろうか?将校、下士官は先に情報が入り、普段も兵隊より食料もよく、重装備は兵隊が担いだから、ろくな食料もない兵は疲労困憊していた筈で、

いざ敗走となっても遅れたり、力尽きて病気にもなるだろう。しかし、戦陣訓で捕虜になるくらいなら自決の教えは生きているから、遅れたり、病になれば死ぬしかない  そういう飢え死にしそうな兵隊を残して、先へ先へと歩けるのは余程、限られた将校、下士官しかいないと思う。この街道は後に白骨街道とよばれた、それくらい兵隊の死体が累々と道端に転がっていたという事でしょう。 

人間、若いころの記憶はある程度、残っているもので、まして戦争体験などは忘れようと思っても忘れないだろう
ただ、あまりに悲惨なので思い出さないようにしているだけである、同胞や友人、仲間などを置き去りにして逃げなければ生き残れない白骨街道の記憶は中々消えるものではない、自分はやましい事はないと言っても、神は
知っている。あの悲惨な戦争体験に比べれば、金メダルも勲章も霞んで見えるだろう、死者は何も語らないが。

シベリア抑留では、スターリン万歳を唱えないと帰国が遅れたり、同じ、捕虜による制裁やリンチがあったと聞く、こういう環境では生き残るために、心ならずも共産党万歳の方に走るのもやむを得ん事もあろう、やはり、ここでも死者の持ち物で自分のより使えると思えば剥ぎ取る、極限になれば、アウシュビッシュと同じことを人はやる
そして、生死に無関心となる。

人の食料を奪ったり、盗んだりしたこともあるだろう、正義や倫理を唱えていた人間は生き残る事は至難であったと思う、故国に帰ってきた人たちも一枚岩ではない、多かれ少なかれ心に傷を負っている、戦後、シベリアに墓参が適って、行けた人達は何を思うだろうか? 鎮魂か悔悟か・・・七万?とも言われている犠牲者は誰が弔うのか国に責任はないのか・・・極悪非道のソ連は知らんふりをしているが。

これだけ多くの犠牲者が出たのに、満蒙の開拓団の犠牲者の為には何もしなかった、せめて、満州に残ってソ連の銃砲の前に出て、同胞を救う為の突撃死なら、少しは納得したと思う、流石は関東軍と言われただろうに、無残にも十万余の非戦闘員を満州の荒野に晒してしまった。軍は国民を守らない、平時では同胞の為と言っているが、。

今、日本国民が大いなる錯覚というか、勘違いをしているのは自衛隊は軍隊であるという事である、憲法改正しようが改悪しようがこれは変わらない事実である、そして国民は災害派遣などで歓迎しているが、軍隊というのは国防がメインで災害派遣などは枝葉である、戦争がない状態であるから、災害派遣もやっているが、軍は戦争が始まれば戦闘行為をして敵兵と殺し合いになる これが自衛隊の本来の役目である。

問題は外地なれば、軍人が死ぬだけだが内地では陸軍は国民を守ると思うや、守れると思うや?内地に敵の戦闘機や爆撃機、敵軍隊などが襲来したら、国民は逃げ切れると思うや?又もや、戦前の関東軍と同じで国民の財産や生命を守れないだろう  ただ、戦前と違うのはどういう防衛プランがあるかであろう、

軍優先なのか国民優先なのかである。当然、軍優先である、戦争は勝たなければならない、しかし内地に敵が入るようでは勝つことも無理で、国民の生命なぞは守り切れまい、戦前も今も本土決戦になったら終わりである
まして、楽な生活に慣れた現在の日本人では白旗しかあるまい。客船で戦艦に勝てると言う人は一人もおるまい、それと同じくらいの確率で本土決戦になったら、無駄な抵抗は止めた方がいいでしょう。

アウシュビッシュが他の二つと違うのは婦人と子供が多くいた事と最後には全員が死んでも構わない環境であったという事でしょうー。インパールもシベリアも全員が死んでもいいとは考えていなかっただろう、夜と霧の著者はいい人は戻って来なかったと書いているが、それは生き残った人達が悪人と言う意味ではない。

船が沈没して大海に投げ出された時、筏らしきものが浮かんでいれば、皆、それに掴まろうとするだろう、いい人と言うのは手を離したか、最初からあきらめて掴まらないと決めた人達である、何が何でも手を放さず、しがみ付いていた人間だけが助かったとというだけで、その時、仲間を蹴落としても助かりたいと思う人は悪人だろうか?

誰しも家族、故郷、恋人などの顔が浮かんだりするだろう、そして、ここで死ぬわけにはいかない、何としても生きると、仲間を見捨ててもしがみついた人たちは悪人か?普通の人達であろう、ただ 心中では済まないと思っても生きる方を選んだか、助かった後、苦い思いが長く続いたか、死んだ奴は弱かったのだと切り捨てたかであろう、

人間はどんな環境にも慣れる存在であるとロシアの作家ドストエフスキーが定義したと夜と霧の中に書いている
そして、著者はその通りであったと自分の身をもって体験している、夜、静かな環境でないと寝れない男がすぐに
寝ていること、囚人となる前は豪華な夜具に寝ていた男が、糞の匂いのする靴を枕に寝ている事、半年以上一度も洗濯もしないシャツやパンツでも平気になり、人の生死やガス室などに無関心になることである。

人間はそういう環境に入れられたら、そのようになる動物である、日本でも有名な731の石井部隊では人体実験が行われた、そういう実験が日本だけかと言うとそうでもなく、表に出ていないだけであろう。今もそうだが戦前でも戦場に行けば、敵と殺し合いになる、敵国では誰がゲリラかそうでないかは判断が難しく殺してしまう事も多い

そういう戦闘員でも自国に帰れば、法律を守り、平和な農民であり、自分の家族を大事にする人間である、スイッチが変われば、見たことも聞いたこともない敵とされた人間をあっさり殺してしまい、敵の領土を奪う、ゲリラとされれば、女子供も焼き殺してしまう残虐行為をしてしまう、まことに人間は恐ろしい動物でもある。

私もナチスドイツに生まれていたら、ヒトラー万歳を唱えていたかも知れない、ユダヤ人をガス室に送り込む兵士になったかも知れない、大半が洗脳されてユダヤは国民の敵だと教え込まれていたら、そうなるであろう、情報が遮断されていなくとも、ユダヤ人狩りをやれば出世も速く、将来も安泰たとなれば、率先したもしれない。

多くのドイツ人は何か何でもユダヤ人をガス室に送り込むことに賛同していたわけではなかろう、SSの親衛隊員
でさえ、全員が賛成していたわけではなかろう、狂信的なヒットラー信奉者でない限りは。ヒットラーがユダヤ人に親切にしろとか、ユダヤ人を優遇した人間には特別な褒賞を与えるとか言えば、ほとんどのドイツ人はユダヤ人を助ける方に回っただろう。

そこが人間の怖い所であり、弱い所である、何が言いたいかというと人は独裁者を担がない、独裁者が生まれる
環境をつくらない事である、人間は過ちがあるのが普通で、過ちがあれば変えれるシステムがあれば、悲しい結末を防ぐことが出来る、されど、独裁者の過ちは取り巻きに隠蔽され、独裁者の死が宣告されるまでは続く

私も弱い人間であるからヒットラーのユダヤ人をガス室に送り込むのを知ったとしても、反ヒットラー、暗殺とはならず、一兵士としてヒットラーの野望に従ったかもしれない、しかし、婦女子を裸にして丸坊主にして、毎日、ガス室に送り込む作業をしていたドイツ軍兵士たちの心の中はどうであったのか?自分たちの家族を思う心と別物であったのか

犬でも猫でも馬でも毎日、ガス室に送り込むのを平然と見ているのは中々 辛いと思うが。木材でも燃やす感覚であったのか、例え、命令であったとしても故郷に帰った兵士たちにとって心が傷つくことはなかったのか?戦争は終わった 過去は忘れようであったのか?将校たちはともかく、兵士たちは戦犯に問われることはなかったであろうから、普通の生活に戻ったのか・・・

人間の恐ろしさはヒットラーよりも、こういう普通の人達が命令とはいえ簡単に残虐行為に加担して、終われば普通の市民生活に戻っていくことであろう・・・そして私もその一人になったかも知れない恐怖である。



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これはアウシュビッシュ収容所に入れられたユダヤ人の精神科医、ヴィクトール・E・フランクルが戦後、出した本の日本語訳、夜と霧である、旧版と改訂版があるが、旧版は写真と解説書がついているが、どちらをお読みになっても構いませんが、是非に読んでいただきたいと思います。再度、お願いします、是非 お読みください。

どちらもここまで人間は残酷になれるのか、極悪な環境に慣れてしまうものなのか、驚異というか脅威であもあります。アウシュヴィッツだけではなく、戦後もカンボジアのポルポト政権の二百万から三百万と言われる大虐殺
アフリカのルワンダも部族抗争で数百万の人達が虐殺されたと言う、殺戮が行われる前までは共存していた
人達が、一部の声の大きな扇動者によって狂っていく地獄は、第二次大戦で学んだ筈なのにである。

アジア、アフリカなどは独立前は白人種によって搾取され、虐待を受けたが同じ国の中でかくも大きな殺戮が
起きるとは人間の愚かさを思う、そして戦闘は今も続いている、人種とは関係なく、王になりたい男、独裁者になりたい男は限りなしか・・・・政治、宗教に限らず、人間は独裁者を担いではいけない、ブルータスはシーザーから
見れば裏切り者だが、正しい道ではなかったかと私は思う。

例え 少々器量が落ちる男でも、頭が少々悪かろうと、人間的に大きく劣っていなければ、普通の人間であれば
政治を任しても良いのではと思います、どうしても駄目なら変えればいいだけで、日本という国は戦後、そんな
舵取りで今までやって来た、そこに突出した頭脳の持ち主とか人気だけは多くある人は要らない、平凡でいいのである。

独裁への道を作ってはいけない どこかの国のようにトップが辞めるとニューリーダーが前のトップのあら捜しに狂奔するような慣習はいただけないが、人間は神聖にして侵すべからずということはないから、トップが在職中にそれが出来る環境が本当の民主国家であろうが、何処の国もそれが中々であり特に日本では至難か。

マア、独裁者よりはボンクラの方が国民には幸せかもしれない、戦争に狩りだされるよりは貧乏の方がましという事であるが、人間、貧しくなると独裁者を担ぎだがる事が多い、夜と霧を読んで、人間の愚かさ、恐ろしさを知って欲しい、フランスに勝つまでは良かったがドイツ民族は第一次大戦よりも大きな被害を受ける事になった。

ドイツ国歌に謳われた世界に冠たる民族が、悲惨な目にあい分割されて長い苦難の道を歩むことになった、楽な道は地獄の道となり、国民が戦争で疲労困憊、戦死しつつあるのに、ヒットラーは地下壕でシャンパンをあけ
幻想に酔い、現実を見ようとはしなかった、独裁者を担いだという点では国民に罪なしとは言えぬか?

ソ連のスターリンはレーニン、暗殺されたトロッキーに比べれば凡庸と言うよりはボンクラで粗暴なだけの男でレーニンもスターリンを後継者にはしないように遺言したのだが、共産党という組織の中で独裁者への道が引かれていた事がソ連国民の悲劇であろう、少数の幹部たちしか決定権がなく、国民は蚊帳の外であった

独裁者へのレールを引いてはならない、それが守られていれば凡庸でも何とかやっていけるだろう。人間に完全はなく万能もない、政治家にそんな事を期待して独裁者になられたのでは何にもならない、駄目なら変えれるシステムこそが大事ある。

まあ、日本にはナチスに学べという権力者もいることだから、独裁へのレールが引かれないとは限らない、今の所、そうなるかならないかは米国次第であるが、この権力者の発言には驚いた 動機は良かったが結果が悪かったような事を言っているが、ユダヤ人絶滅の動機が良かったのだろうか?

彼が総理の時、ローマ法王に謁見したが、総理でなかったら会わなかっただろう、彼もそれがわかっているから
現職の時に会いに行ったのだろうが、法王も政治的配慮なのか?神の御心に適った人なのか? カトリックもナチスに学べなのかな・・・ユダヤ教に学べとは二人とも言うまいが。私は権威と勲章、肩書を誇示する人とは会わずに済むなら、それに越した事はなく、まして進んで会いに行くことはないですね。

芸能人は問題になると、将軍慶喜のポーズ「謹慎」をとるが、政治家はそういう意味での発言ではなく、誤解だと
言って逃げる、これも嘘八百のナチスに学んだ成果だろうか、政治家がナチスに学ぶのは勝手だが、夜と霧を書く方と実行する方のどちらに近い人間かは知る必要がある、マア、下々のいう事なぞはあっ そうであろうが。




核拡散防止条約で核がなくなると本当に思うや?158話

核拡散防止条約で核兵器がなくなると信じている人は、多いだろうか? 世の中が正義と公平により動いていると思う人か、善意で動いていると思う人がどれくらいいるだろうか、個人的にはそう思う人がいるだろうが、一国の支配者や権力者たちはどうだろうか?

核拡散防止条約は簡単に言えば、核がある国はそのままで、これから核を持つ国はなしにしようという条約で、とても公平ではない、少しでも核保有国を減らしたいという多くの国の思いから生まれた条約という事になっているが、それは正しいか? 本来なら現に保有している国を減らすか なくすように努力すべきで、本末転倒である。核保有国に強制的に核を廃棄させる条約でなければ意味がない。

私にはこの条約で核がなくるとか、保有国が減るとはとても思えない、現保有国には有難い条約かも知れない
が、やはり、おかしい。米国の不利益になるような条約なら日本は参加しない、日本が参加しているという事は、核保有国にとって不利益な条約ではないからであろう。

この条約は戦前の国際連盟のようなもので、何も決まらない、今の国際連合も拒否権を持つ常任理事国によって有名無実となっている、そして、この常任理事国と言うのが核保有国ばかりである、将来も核保有国が常任理事国になる可能性が大きく、日本なぞは間違ってもなれまい。戦前の国際連盟で五大国として常任理事国であれたのは軍事大国であったのが大きいだろう、何といっても三大海軍国であったのだから。今も同じような構図で決まっている。

よって、核保有国になりたい権力者は秘密裏でも核兵器を生産、保持するようになる、表向きの理由は国土防衛の為とか、隣国との安全を保障する為とかであるが、条約があろうがなかろうが、核保有国になりたい国は
なるべく努力をするが、なくす努力はしない。

過去に北朝鮮を脱出した大物の政府高官が、話していた言葉に、核兵器を持っている国がお前の所は持つなと言う権利はなく、おかしい、北朝鮮の自国民に対する反人道的な行為があるから、北は改善されるか、金帝は
潰されなければならないと言うのが正論であると。

核保有国のトップたちは神か仏か?、最低でも米国のリンカーン大統領のような人なのか、そんな事はあるまい
世界中の人達に聞いて見ても答えはほぼ変わらないだろう、そしてリンカーンでさえ、南北戦争は止められなかった事実を知れば、如何に戦争を止めることの難しさである、南部の人達は黒人奴隷がいなければ、楽な生活は出来ない、工業が発達した北部とは違う、正義の旗は北部にあれど、人間の欲は限りなし、話し合いより戦争を選んだ。

現在の核保有国のトップたちが、話し合いで隣国 世界とやっていく人達だろうか? いったん事あっても、核で威嚇、強要しない善意の塊のような人たちか?そう思っていないからこそ、インド パキスタン 北朝鮮などが核保有国になったわけで、他にもイランもそうなろうとしている、イスラエルは沈黙しているがアラブ諸国のどこかが
持てば、保有国であると宣言するかも知れない。

そして、核保有国は自国の防衛は自国で出来る、彼らの論理は力が正義であり勝てば官軍なのである、力なき正義は砂上の楼閣であると。つまり、奴隷制度廃止が世界の正義であっても、北軍に力がなければ、通らない
南軍が勝てば、それはただの旗であり、正義でも何でもなくなるのが常で要するに勝てば官軍である。

正義があったから北軍が勝てたと思う人は多いか少ないか・・・・南部の人達は正義がなかったから負けたと思う人はほとんどおるまい・・・それが今に続くヤンキーゴーホームとなっているのだろう

さて、ヒットラーとスターリンが握手して平和が来たか、それはポーランドという不幸な国が消滅して最終的には独ソ開戦となった、今のミニヒットラーとミニスターリンが握手して平和が来るだろうか?不幸な国が生まれるのではと思っています。韓国は米国が引けば金帝の奴隷となるであろう、今の韓国は自分の国が戦場にならないように金帝のご機嫌を伺うばかりだが、トランプの決断で運命は決まる、自国の運命を自分で決められない国家は哀れであるが、日本も大して変わるまい。

全然信用できない核保有国のトップたちに地球の運命を任している現状で、お題目だけの核不拡散条約を信じて核保有国が減ると思っている方が不思議である、核の均衡で平和が保たれているというなら、今 世界に一万
五千発以上あると言われている核を世界の持っていない国々に、公平にばらまいた方が戦争にならないのではと思う。

頭のおかしな独裁国家に核を持たせれば、すぐに使用する危険があるとか言っているが、現在の保有国のトップたちも十分におかしな人達ではなかろうか?彼らでも大丈夫なら、他の国でも安全ではなかろうか?要するに
核保有国が正しい人ばかりでない以上、彼らに他国は持つなと言う権利はない。

北朝鮮がこのまま、金帝体制が維持され、彼らの要求が通るようなら、他の国も核を持つ方に走るだろう、核が
なければ、何を言っても無視され独裁体制が危うくなるなら、持った方が安心とという事になろう、一般社会で銃器を持った人間が暴れて、無茶苦茶な要求をされた場合、市民は警察に頼るしかない、国の場合はどうだろう
人権無視、拉致など非道な国が、核を持っているというだけで、沈黙してしまったら、世界は終わりであろう。

金帝にとっては米国だけがまずい存在で、中ソは今も昔もなんとも思っていない、要するに似たもの兄弟で彼らが本気で金帝に核を放棄しろと言う筈はないと思っている、建前は金帝が放棄してくれた方がいいと思っているが、マア、完成したものは仕方なかろうであろう。

彼等も秘密裏に原爆を開発した先輩であり、金帝からすれば、彼らが良くて自分の所だけ駄目と言うのは納得しないだろう、金帝にとっては米国とだけ条約が結ばれれば、後は何の問題もない、六か国協議とか五か国協議なぞは付け足しの付録に過ぎない。

米国にとっては自国に核が飛んでくる危険性がなければ一応安心であるが、金帝を放置すると他国も核を持ちたがるようになるから圧力をかけている、金帝が危険な人物だから放棄させようと言うのではない、他の国のトップも十分に危険人物なのは変わらない。要するに我々が保有しているだけなら安全だが、他国が保有すると危ないと何の根拠もなく、そう、言っているだけで、自分の意に沿わない国は抹殺すると威嚇しない保証はない

米国がどういう決着を金帝にするのか、世界は注視している、持ったもの勝ちの決着になるのか、破壊された国になるのか?どちらにしろ米国は難しい選択を迫られている。核を米国が使用した場合、広島、長崎の市長や幹部たちは何が出来るのか?ノーモア広島と叫ぶだけではなかろうか?

広島長崎の市長は米国が手を引くのを望んでいるのか?建前だけのノーモア広島なのか?自分の国は自分で守れと、米国が完全に撤退したら、韓国も日本もすぐに白旗であろう・・・国民が望んでもいない憲法改正に狂奔しているが米国撤退の後の青写真は出来ているのか?そうなったら、習近平閣下に土下座するのか、友達だと
豪語していたプーチン閣下に土下座するのか・・まさか金帝にまで土下座はないとは思うが。

このままでは日本の総理は江戸時代の佐渡の金山奉行と変わるまい、つまり徳川家の打ち出の小槌だった佐渡が日本にかわっただけである。いつまで代官を務める気なのか?それも大統領の気分次第ではどうなるかわからない、永遠に米国のお慈悲に縋ってい行かねばならぬのか?

トランプの命令に永遠に逆らえないのか・・・自分たちだけ楽な生活が出来れば国民はどうでもいいのか?いつまで美しい日本であれるのか?米国がいつ転落するかわからないのに、近未来の日本をこんなアホのミックスに任していていいのか不安が一杯である、目の前の享楽を楽しむだけの政治家たちにも明日はないのは当たり前だが国民も道連れにされてはたまらない

米国が日本から手を引いた場合、日本は独自では防衛できない、尖閣諸島なぞは論外である、その時、日本には二つの選択肢がある、核兵器を保有するか、核によって消滅する道である、外交努力によって平和を確保する道もあるが、日本の政治家たちでは到底、無理であろう、領土の割譲とか無理難題を押し付けられるでしょう

さて、日本は美しいとか、日本万歳とか喚いている愛国者と称する人間が、核を持たなければ、日本は奴隷となる、滅亡するとか、言われたら、どうするのか、米国なし、核もなしで本土防衛が出来るのかと大声で迫られても
核を持たないと国民の多くは断言できるのか?滅亡するくらいなら核を使えとなるのではなかろうか・・・

もう一つ、今まで聖人君子のように核は持たない、使わないと絶叫して核保有国を批判してきた日本が、こういう場合は例外だ、米国が手を引くとは思わなかったから、我が国も核保有国にならざるを得ないと理屈を並べても
周りの保有国が黙って見ているかどうかである。恐らく、保有させないであろう。

米国が日本の防衛の為に核兵器を使用するのを傍観していたなら、それは日本も使用したと同じある、その時は日本を守るためだから仕方ないと言うのではなかろうか・・日本国民は、どの程度の覚悟を持って核兵器反対、ノーモア広島と叫んでいるのだろうか

最低でも広島、長崎の市長は大いなる責任を市民に代わってとるべきだろう、辞職すればいいと言う話ではない、一年中、平和、核廃絶とか絶叫しているがどの程度の覚悟なのか???

今からでも日米安保は仕方がないが、広島、長崎が核攻撃を受けても報復しないで欲しいと米国に嘆願をすべきではないかと思っている、日本はともかく、広島、長崎は仕返しはしないと。政府にも言うべきだが、沖縄の前知事のように国と争う覚悟が内地の役人にあるだろうか?抗議するだけなら誰でもできる、核拡散防止条約とおなじで強制力がなければただのアホーマンスである。

沖縄の基地問題を見ていると、これが同じ日本県民と国民は思っているのか不思議である、平和とか基地反対を喚く人たちはまずは、自分の県で、沖縄県の半分でも基地を肩代わりするくらいの同胞意識があってしかるべきで、それから、米国と交渉であろう、戦後、ずーと沖縄に重い荷物を背負わせて、自分たちは自由を謳歌して
心が重くないだろうか?綺麗な服を着ていても足はぬかるみに浸かっているのが日本であろう。

まずは美しい日本の創始者がいる、山口県、そして平和を唱えている広島、長崎県、そして当然、鹿児島県が
申し出るべきだろう、まずは肩代わり、その苦しみや痛みを知ってから米国と交渉であろう、

対岸の火事の如く眺めている日本国民を見ると、ノーモア広島の叫びもいざとなったら、日本の為なら使用も仕方ないに変心するような気がしてならない

ヒットラー暗殺の罪と罰 157話

罪と罰と言えば、ドフトエスキーの小説で有名ですが、ストーリは単純で中産階級の軍人崩れの青年が自分勝手な理屈で、強欲な金貸しの婆さんを手斧で殴打して殺害、その現場を見られた婆さんの義妹も手斧で頭から切りつけ殺害、金を奪って逃げたが、完全犯罪とはならず、だんだん追い詰められ逮捕される、その間、罪の意識は乏しく、あんな婆は殺された方が世の中の為になるのだと自己防衛に走っていた。

借金を返せず、生活に困り殺害し、何の罪もない義妹を死に至らしめた事は弁解の余地のない犯罪であり、彼ラスコーリニコフが借金もなく、世の為、強欲な金貸しを殺害しようとしたとしても、それは人殺しであり、許される事ではない、婆さんに金を借りたい人間もいただろうし、心の葛藤をストーリにしたドフトエスキーの作品としては
物足りないが、私の言いたいのは作品の解説ではない。

もしも、ヒットラー殺害を図った人間がいた場合、それが暗殺でも白昼堂々の殺人でも許されるかという事である
暗殺の罪で罰を受けねばならぬものだろうか?イエスは殺すなかれと説いた、十戒にもある、ヒットラーも一応
クリスチャンという事になっている、ナチスの幹部たちもほとんどがそうであると言う。

もしも、どの時期でも殺害すれば、第二次大戦はなかったかも知れない、何千万、何億の人が助かったかも知れない、戦争前のヒットラーを殺害した人は英雄なのか、ただの殺人者なのか?ナチスが政権を握る前では、ただの殺人者として裁かれるだろうが、ナチスが政権を握り、総統となったヒットラーを殺害した場合はどうか?チェコ
併合までのヒットラーは仮面をかぶっていた、その時までに殺害しておれば世界は変わっていただろう。

ルンペン時代は兎も角、ミュンヘン一揆に失敗して監獄に入り、我が闘争を執筆していた頃のヒットラーの殺害に成功しておれば、第二次大戦はなかったであろう、ナチス党はヒットラーあっての組織であり、ドイツもヒットラーの指令で動いていた。

他の独裁国家、例えばソ連はレーニンが築いた共産党という組織があり、そこのトップが国家のトップになれるという構図になっており、共産党の中の権力争いに勝てば、国のリーダーになれる仕組みで、猜疑心が強く、荒業のみが得意のスターリンがトップになれるとは仲間内では思っていなかった、

こんな馬鹿では国を治めるのは無理だと思われていたスターリンが権力闘争に勝ち、頭脳明晰のトロッキーも
追放、粛清され、他のライバルたちも消されていった、要するに銀行強盗などの粗暴なギャング仕事ぐらいしか
脳のない男でも組織でトップになれば独裁者になれるという見本である。

宗教国家 宗教政党においてもそれは似たようなものである、その組織の中でトップになれば無能で破廉恥な男でも国のリーダーに近づけるという事で、国の中枢の組織に入り、権力闘争に勝てば自然とトップになれる仕組みがある国では、独裁者になる道はそう難しくはない。こういう組織はスターリン亡き後も凡庸な指導者でも勤まるし国も崩壊しない。

しかし、ヒットラーは違う、自分で切り開いて独裁者になった、手本はイタリアのムッソリニーだが、後輩の彼の方がより、強大な権力を握った、イタリアとドイツでは軍事力と兵の資質に差があったが、ムッソリニーがヒトラーの
立場になったとしても、冒険はせず米英との戦争には踏み切らなかったろう。ヒトラーの方がここ一番非情に徹する事が出来た・・彼ならイタリア国王を殺しても我が道を行ったであろう。

スターリンがヒトラーは凄いと言ったのはお世辞や追従からではなく、ある程度、本心からの声であったと思う、即ち、組織に入って権力闘争に勝って、階段を上がったのではなく、自分個人のカリスマで独裁者になったのは
とても真似できないと。スターリンの演説に皆が総立ちで拍手するのは恐怖政治があるからで、ヒトラーに対する
当時のドイツ国民の熱狂的拍手は本物で、百年かかっても頭の悪いスターリンには無理であろう

今もアジアの独裁国家ではトップが現れると熱狂的拍手で迎えるが、これはスターリン時代の残影で、それをしないと命に係わる危険があるからで、彼らが退場すれば、何だったのか、あの時代はとなるであろう、リビアの
カダフィ、ルーマニアのチャウチェスク、イラクのフセインがいい例だ、支持率百パーセントで学校でも称賛するように子供たちにも強制していた結果が、これで真に無残としか言いようがない。

故にヒットラーさえいなければ、ナチスもドイツも強大になる事はなかった、他のナチスの幹部たち、ゲーリング、
ヒムラー、ボルマン、レームなどがいるが、ヒトラーの代わりは勤まるまい、ゲッペルスは宣伝はうまいが国防軍を動かすほどではない、軍事だけならロンメル将軍がいるが、総統にはなれまい、要するに第三帝国はヒトラーの夢であり、ヒトラー抜きではあり得ない国家であった。

こういう危険な男を殺害することも、罪と罰であろうか?1944年七月のヒトラー暗殺計画は幸運にもヒトラーは軽傷で助かったが、この時はこのままではドイツが負けると国防軍の高官たちが仕組んだものだが、失敗に終わり
五千人以上が処刑された、ロンメル元帥も疑われ、自決を条件に国葬にする話が決まり、元帥は毒を飲んだ、ヒトラーも国民的人気があった元帥が暗殺に加担したと思われるのは得策ではないと判断したのだろう。

この時、かなりの高級将校、将軍たちが加担したがそれは個人の罪と罰とは違うような気がする、マア、ヒムラーとヒットラーを殺害すれば、軍は動揺しナチスは崩壊したかも知れないが、米英と講和してソ連とは戦争を継続する積りだったのか? それで米英は承知したかどうかであり、ソ連は講和はしないだろう、

凄く、好条件ならともかく、もう、敗戦まで近い時、どうであったか?負けそうなのでヒトラー暗殺では、勝ち戦が続いていれば暗殺はないという事で、動機が不純である。当然、日本に対する配慮はゼロである、ヒットラー暗殺に成功して単独講和が成立した場合、日本はどうなったか?

まだ権力を握ったばかりの時か、それ以前に個人で殺害しようとしたら、やはり、罪と罰であろうか?この時に
殺害すれば後の第二次大戦もなく、多くの人命が助かったかも知れないのにである、ドフトエスキーの書いた
小説の主人公に比べれば、はるかに価値のある殺人ではなかろうか、強欲な金貸しを殺しても助かる命はほとんどない、ヒトラーを殺して、法律でギロチンにかかっても心の葛藤は少ないであろう、

チャップリンは映画で、一人殺せば殺人者で、戦争で多く殺せば英雄とはおかしくないか?と鋭く問うたが、イエスは殺してはならないと仰っている、ヒトラーでさえ許せと仰せなのだろうか? この世に偶然はない、一つもないと神は言う、私も神の言葉を完全に信じている、ならば、ヒットラーは何故生まれ、何故総統になり、狂気のユダヤ人抹殺をはかり、第二次大戦を引き起こしたのを神は傍観していたのか???

ニーチェは神は死んだと本で語ったが、第二次大戦の結果を見れば多くの人がそう思っても不思議ではない、私も最初はそう思っていた頃もあった。ユダヤ人にとっても、ユダヤ人と言うだけで絶滅収容所に入れられガス室に送られた人達は、神はいないのか?

例え、ユダヤの神でなくてもイエスでも現れないのか?こんなことが許されるのかと思った筈である。こんな時に
現れなくて、いつ現れるのか?それとも、神の出現を思う暇もなく、ガスが噴出されて死んでいったのか?しかし
アウシュビッシュに収容された時、神に祈る事はなかったか?やはり、神は死んだと諦めていたのか?

その思いがイスラエルとなり、自分の国は自分で守る、血を流しても守る、敵と見た者は殺すとなったのではないか?四度の防衛戦争に勝ったので増々、自信を深めたと思う、ユダヤの神は信じる、しかし祈るだけではヒトラーに勝てない、目には目を、命には命をとなり、勝利した事で神も認めた、これで正しかったのだと。

四度目は危ない所であったが、何とか凌いだ、これ以後危険だと思ったときは先制攻撃も辞さない国になった、
この論理では敵が原爆を持てば、当然持つとなろう、今、核があるともないとも言ってないが。以前、核兵器の工場があるとかで、ピンポイント爆撃をしたことがあった。やられる前にやれであろうか?

当時のドイツ民族は魔法にかかったようにヒットラーを崇拝した、今でも笑えてくるのはヒットラーがアーリア人種、即ちドイツ民族の優秀さを誇り、他の民族は二流か「日本が入る」劣等民族でスラブ民族「ロシア」なぞは一から十までの計算が出来ればよく、ドイツの奴隷でしかないと絶叫していた

多くのドイツ高級将校、将軍たちの前で高台に立ち、髪を振り乱して喚いている黒髪の小男が金髪碧眼、長身
白人のアーリア人種から程遠いことに誰も気づかなかったのだろうか?世界に冠たるドイツ民族の代表が暗い
顔をした小男では漫画ではなかろうか・・・まだ小男でもナポレオンならば、颯爽としていて、代表にふさわしい
と思うが。

マア、それはいいとして、神の計画に寸分の過ちもなく、神が間違えることはない、どこかの国の政党に無謬性を誇り、我が党に過ちはない、よって謝ることもないと豪語していた時期があったが今もそう思っているのかな?
人間には過ちがあり、完璧な人はいない、しかし、神は違う、では何故、ヒットラーは多くの暗殺を免れて来たのか・・・・

又、ミュンヘン一揆の時、一番前にいたヒットラーは軍警察の発砲に当たらなかった、かなりの仲間がそこで撃たれて死亡して、ヒットラーも一時は意気消沈して元気がなかった。何故、こんな、誇大妄想 狂気じみた男が助かったのか?もっと以前の第一次大戦の時、毒ガスを吸って死んでもおかしくはなかった伍長が何故助かったのか?やはり、そこには神の意志を感じる、普通の人から見れば、何百回死んでもおかしくはない狂気の男がすべて死を免れて来たのは偶然ではなかろう。

私は一宗派一宗教の神ではなく、大いなる存在の絶対神を信じています、人間、その中でも凡俗の私には神様のお考え、計画を知るよしもありません、されど、この世に偶然は一つもないと仰られたなら、ヒトラーを生かして
置く必要があつたのではと想像します、愚人の想像ではありますが。

神はこの地球の草木一本 虫けらの一匹、人間の一人に至るまで、御存知である、それが傲慢なる欧米の白人に虐げられ、奴隷のように酷使され続けている、アジアアフリカの人達を知らない筈はない、第一次大戦で人間の愚かさを白人たちに知らしめたが、それがアジアアフリカの開放に向かわなかったので、このまま、黙っていたら、解放がいつになるか、わからない、百年先になるかもと案じられ、再度、傲慢なる白人、日本人、ロシア人にも大いなる犠牲を払わし、鉄槌を下したのがヒトラーの出現ではと。

日本の馬鹿将軍たちが、ヒトラーの電撃作戦による勝利に幻惑され、バスに乗り遅れるなとばかりにヒトラー運転手のオンボロバスに飛び乗り、行先を見たら地獄巡りであったという漫画みたいな話であるが、これが事実であり、スターリンがヒットラーに備えて、軍事力を増強するので満州の方は手薄になる、これで中国との戦争も
安心して続行出来る、あわよくば、ヨーロッパはナチス、アジアは日本だとの夢を見たのだろう。

日本はアジアの盟主であり、指導的立場にあると豪語してきたが、元々、盟主らしきことは何もせず、欧米列強と
同じく、中国を侵略して租界をつくり、白人たちと利権争いをしてきたに過ぎず、アジア人の開放に必死な努力も
してこなかった。個人的に独立を援助した人物はいたが。

米英との戦争になり、アジアの協力がいるので独立開放のポーズをとつたが、頭の中は白人と同じで主人は自分たちだとの意識が抜けきれなかった。たとえ、ポーズでも日中戦争の前に大東亜会議を開くような事をしていれば少しはイメージも変わったのだが。形だけの五族協和の満州国では・・・・

ヒトラーは米国との戦争は極力避け、世界戦争にする積りはなかったが日本の要請により米国に宣戦布告してイタリアもそうしたので、世界大戦になってしまった、ヒトラーも二流国家だと馬鹿にして来た日本の真珠湾攻撃の成果に幻惑され、参戦を望んでいた米国のルーズベルトを喜ばす結果となった。

日本もナチスもアジアアフリカ、そしてアラブの人達の開放、独立を助けるための駒にされたのではなかろうか?神様ならそれくらいの事は朝飯前であり、人間と違い長いスパンでお考えになり、ヒットラーをそっとオーストリアに誕生させた、これから長く活躍して貰わねばならぬこの男に大いなる試練を与え、やれるかどうか見守ったのでは

画家を目指して挫折したこの男は放浪してルンペン同様の生活をしていたが、大一次大戦で兵士となり生死の間をさまよったが、精神は高揚していた、それが敗戦となり、またもや挫折でミュンヘン暴動を起こし、逮捕され
次は合法的に政権を獲得しようと、立ち上がるのはまさに驚異で、彼のよく言っていた意志の力であろうか?

目標が何であれ、彼のような不屈の闘志があれば、他の方面でも成功したかも知れない、人間関係さえ上手くやれれば。こんな男だから、神様に選ばれたのかも悪事をさせるには調度いいと。どんどん、みじめにさせて恨みを大きくしてやれば、悪事も大きくなると・・・貧乏のどん底で街をふらついていた頃、ユダヤ人の金持ちが経営する商店などに怒りの炎を燃やしていたのでは、すべての災いは金儲けしかなく、国家のない即ち愛国心のないユダヤ人にあると。

もしもヒトラーが現れず凡庸な男、例えば名前だけは有名なヒンデンベルグ大統領のような人間がドイツの宰相になったとしたら、フランスにとられたザール地方の返還も求めなかったであろう、国防軍はフランスを怒らせ、戦争になるのを恐れ、ヒットラーを排除しようとした、

ザール地方は独仏の間で勝った方が管理してきた歴史があり、第一次大戦で負けるまではドイツに帰属していた、石炭と鉄鋼がとれるこの地方は独仏にとって重要な場所で、簡単にフランスが手放すとは軍部は思っていなかった、しかし第一次大戦の記憶が生々しかったフランスの外相が譲歩したので戦争にはならなかった。

要するにその記憶がある間は、ヨーロッパは戦争アレルギーがあるので、ヒトラーの領土要求は次々と勝利して
この男を増長させたと思う、戦争になるよりはマア、いいかと。白人国だけで穏便にやっていこうと考えていた英仏、スペイン オランダなどは植民地から上がる利益があるので喧嘩することはないと、所が何もないドイツは
面白くない、戦争をちらつかせても領土を拡張する必要があった。

当時の貧乏国ドイツとフランスでは軍備に大きな差があり、戦争になれば、ほぼ、ドイツの負けは確定的であった。しかし、ヒトラーは賭けに勝ち、それからはワンペアでポーカーゲームに勝ち続けた、そして軍事力で圧倒的
優位にたってからは、堂々と脅迫し始めた。

ヒトラーが現れなかったら、ヨーロッパは平穏で、戦争をしているのはアジアの日本だけという事になり、日本も
ソ連に備える必要があり、どこかで手を打ったであろう、勝てる戦はやりたいが低国軍人の常で、平和が続くと
勲章もなく、階級も上がらない軍人たちにとってはつまらない、高級軍人たちは順番に上がって行くが、戦場が
なくなると、困る不満分子たちもいて、中々、日中和平はまとまらなかつた。

米国との戦争が始まり、初めて和平を考え始めたが船頭多くて何とらやで、神様の思惑?どおりに日本軍部は
停戦どころか徹底抗戦などと言って、アジアに火をつけた、日本の敗色濃厚となってからは独立の機運が高まり、白人国家に立ち向かうようになった、日本の犠牲でアジア独立開放の道筋をつけようとしたのではなかろうか・・・

全てはナチスのヒットラーの出現で世界は変わった、現状のままであったら、アジアの開放もアフリカの独立も
なかったであろう、それは大戦後の欧米の態度を見ればわかる、英国はインドに二度も独立をちらつかせながら
大戦が終わっても開放しなかった、戦争に協力させる為の二枚舌と言われても仕方あるまいベルギーもナチスに占領されたが、アフリカの植民地は開放しなかった。

フランスもインドシナ、ベトナムを開放しなかった、アルジェリアも独立させなかった、オランダもインドネシアを開放しなかった、戦後、独立運動を戦って多くの国が解放されたが、無条件に大戦終了後、手放した白人国はない
第二次大戦がなかったら、アジア、アフリカ、アラブの独立などは、簡単に欧米に弾圧されて、解放はいつになるか、わからなかっただろう。

この想像以外にヒトラーが生まれて、全部、殺害などの危険を逃れて来た理由がわからない、全部、偶然である筈もなく、普通に考えれば、神はこんな極悪人をよくぞ、地球に出したものだ、迫害され、殺された人達から見れば、神も仏もない世の中だと思っても不思議ではない 無神論の国、ソ連では最初から神はいないが。

極悪非道のヒトラーは悪人かも知れないが、神の道具として立派に責任を果たして自決した、同じく極悪非道のスターリンは神のお役にたったのだろうか?戦後も東ヨーロッパを支配して、非情な独裁国家を次々と生み出した。アジアアフリカの指導者たちは、間接的には総統に感謝するべきなのかも知れない。

人間の頭では考えつかないような、神様の計画があり、今、極悪人の独裁者と言われている者たちも何らかの
計画の駒として生存しているのかなと思う時があります、それで未来が良くなっていくのなら。

神がお許しにならない発明は地上に降りる事はないと言われています、大いなる発明は天界で鋳型が創られ、地上の発明家にインスピレーションとして偶然、閃いたようにして完成すると。しかし、発明は常に両刃の剣であり、平和に役立つものも使いようによっては爆弾となる、ダイナマイトがいい例である。

されど、原爆は平和利用に完全に必要のない殺人兵器である、神様は何故、こんなものを地上の人間にお許しになったのだろう・・何か他に意味があるのだろうか、恐怖のバランスで平和が保てるという意見もあるが、それなら、最初からない方がいいのではと思う、この兵器の後は静寂しかないよとの訓話なのか?

この兵器の破壊力を知っていて、使用を命じたトルーマン大統領はヒトラーよりも善人なのか???投下したパイロットたちには責任はなかろう、実験に参加して破壊力を見て、トルーマンに使用を進言した人物も同罪だが人間の正邪は簡単ではないとヒトラーの生涯を知って思うこの頃であります。 

追記と追話

輪廻転生を信じるヒトラーが、あの世で神に会った時、彼は神様にこうお願いをした・・

私はじっとしているのが苦手なのです、速く、地上に戻してください、私は十分に神様のお役に立つ活躍をしたと思います、あれ以外にアジアアフリカの独立を助ける方法はなかったてしょうー例えば、画家で成功して手助けをする方法では、ヨーロッパの指導者 富豪たちは振り向いてもくれないでしょう

アジアアフリカの人達も人間です、独立を認めて下さいと訴えても、彼らは何を言っているんだ、我らの暮らしが
楽なのは植民地のお陰ではないか・・お前の絵に大金を払えるのもそうではないか・・・

ユダヤの金満商人も、ヒトラーさん、馬鹿な事を言ってないで黙って絵を描いていれば金が入って来る、王侯貴族が下々の事や、まして白人以外の人種に情けをかけることはありませんよ、あなたは自分の才能を磨くことに専念していれば、ゴッホやミレーも夢ではないでしょう

いや、そういう事ではない、金が入ればいいという事でもなく、大画家になれればいいという事でもない、彼等も人間なのだ、黄色人種の日本だって独立を果たしたではないか、チャンスを与えれば彼等だって独立も夢ではない筈だ、私は人種差別をしない、芸術家に人種は関係ない、皆、我欲に走り過ぎなのだ、百万の生活を三十万にすれば、植民地から搾取しなくていいのではと思うが。

商人、ヒトラーさん、あなたは現実を知らない、自分が損をすることに賛成する者はほとんどいませんよ、高級車に乗り、豪邸に住み、楽な生活をしたいからこそ、金儲けに走るのであって、私もそうです、たまに慈善事業に寄付をすればいい方でしょう・・・ほとんど雀の涙でも

ヒトラー そんな連中ばかりが世界に充満しているから世の中が良くならないんだ、私が車を作るなら労働者でも買える大衆車だ、フォルクスワーゲンのような、・・・・・・こんな世の中なら、画家を辞めて兵士になった方がいい
戦争で世界が変わるかも知れない。

神様、私は間違っていたでしょうか? 白人支配の世の中を急激に変えるには荒療治しかなく、頭の中には常に神様の指令が残っていてもっとやるんだ、戦争だ戦争だ、破滅してもやるんだと追い込まれていました

ヒットラーお前は良くやったよ、しかし、地上ではお前の名前は悪魔と同じに扱われているので、もう少し、世の中が落ち着いて、平和になった頃、百年先か二百年先ではどうか?お前には選択肢が二つある、日本人か
ユダヤ人になれ、日本人なら、名前は平和太郎だ、ユダヤ人ならイツカーソラニンだ、

ユダヤ人のイツカーを選びます 国はドイツでよろしいでしょうか・・・・いいだろう、ガンバレ

X年後、ユダヤ人のイツカーはベルリンで散髪屋を開いていた、腰も低く、腕もいい彼の店は喫茶店も兼ねて繁盛していた、店の中には金髪美人のドイツ人、エバがイツカー夫人として働いていた、何もかも順調で平和であった・・・常連客に奥さんは美人だし、幸せですねと言われて微笑みながらコーヒを飲むイツカー

エバが言う、、この近くに新しいパン屋さんが出来たそうね、中々、評判が良く、中でも昔ながらの黒パンがロシア系の移民の人には喜ばれているそうよ、店主の名前はエンマスキーで父と娘でやっているが、父親が昔、ソ連にいたスターリンにそっくりと噂されているわ、

そんな時、噂のパン屋の主人エンマが散髪にやって来て、イツカーに話しかける、世の中、家庭円満、これに勝る幸福はないね、そう思いませんか、私は早くに妻と息子を亡くしまして余計にそう思うんです、権力者になったところで寂しいだけですよ、昔、私の故郷にスターリンという独裁者がいたのですが、暗殺を恐れて人を信用せず、寝所も毎日変えていたそうです。

あげくに妻には自殺され 息子は戦場でドイツに捕らわれ、脱走しようとして死んだとか・・ヒットラーから息子と交換でナチスの捕虜の返還の話があったが、断ったそうで、息子は絶望して死を選んだのではないでしょうか?

息子だけ特別扱いは出来ないとの美談ととるか?帝王の決定に逆らうソ連人はいない筈で、やれば出来たのにやはり、冷酷非情の父親であったと言われていたのが実証されたか?なんの為にスターリンは生きていたのでしょうかね、ただ拍手を受ける為の人生だったのでしょうか・
・・・・・

スターリンがロシア民謡のカチューシャの歌に合わせて、コサックダンスをする姿は想像できない、リンゴの花がほころびても、笑顔のない独裁者には春は来ないでしょう、部屋に側近が起こしに行ったら死んでいたとか?
マア、起き上がらない方がいいと思う人間も多くいたでしょうから・・・・葬儀は盛大であったが。 

ところで御主人の名前のイツカーソラニンはどんな意味があるんですか?と聞かれてイツカーは答える・・これは
神様に戴いた名前でして、いつか空へ飛びたいという意味で、エバと共に空を自由に飛んでみたい願いを込めたもので・・・・そこへ坊主頭のナチスに心酔する若者が飛び込んで来た

このユダヤ人め、ドイツから出て行けと銃を乱射してイツカーは倒れる、駆け付けた警官に撃たれた若者は叫ぶ
ハイルヒットラーーー部屋には卍の腕章が赤く染まっていた 瀕死のイツカーはエバに言う、こんな時代になっても人種差別はなくならないもんなのか・・神様 神様 神様


ノーモア広島の覚悟を知りたい 156話

渾身の思いを込めて、日本国民へ   神の降臨はあるか


毎年、八月十五日になると日本では式典が開かれる、終戦記念日だそうだが、支配階級、権力者たちにとっては終戦かも知れないが、多くの国民にとっては涙が大河の如く流れ出た敗戦日、それも大惨敗で米国に無条件降伏をした日である、一応、連合国に頭を下げたが実質は米国の大統領にひれ伏した日である。

戦争の前も塗炭の苦しみに喘ぎ、父を兄を弟を何処の戦場か、遺骨もさだかならぬ場所に放棄されたまま、国民の大多数は一兵卒として、葉書一枚の値段て゜連れていかれ牛馬より安いから幾らでも代わりはいるのだと
酷使され、運よく帰国出来たとしても空襲で家を焼かれ,迎えの家族もいないという悲劇はあちこちにあった。

まさしく、国破れて山河ありではあるが、そういう感傷に浸れるのは一部の高級軍人か、権力者たちで、帰国してすぐに飢えとの戦いが始まった民衆にとっては衣食住すべてが不足して戦争が終わっても餓死者が続出した、

戦争前にふんぞり返り、聖戦必勝などと楽な生活をしていた連中ならば、因果応報であるが、戦前もろくな暮らしも出来ず、大切な働き手や大黒柱を戦地に引っ張られて帰って来なかった家族にとって、終戦記念日ではなかろうに、こういう敗戦を記念日にする国は他にあるだろうか? 

後、十年以上過ぎればかろうじて生き残った兵士も遺族もいなくなり、この式典も終戦になるのではと思っています。悲惨な体験をした人たちがいなくなれば、先は平和か戦争か、支配者たちの顔ぶれを見れば又もや葉書一枚の兵隊が出ないとも言えまい。

いつも思うのだが、靖国神社も式典も英霊にとっては空しいだけではなかろうか?本当に慰めになるのは故郷の墓で家族や友人たちに詣でて貰うのがベストではないか、例え線香の一本でもいいから。平和の誓いだとか
反省しているとか権力者たちの空虚な言葉を聞いたところで何の慰めにもなるまい。

何処の国にも英霊を祭る場所はある、そして追悼記念をやるのは大体、勝利した日である、次も戦争に参加してもらう必要があり、こんなにも大々的に式典をやって戦死者を大事にしているというアピールが支配者側にあり、
決して犬死ではないと強調する、勝たなければ、戦死者の遺族を厚遇する事も出来ない、よって勝利の日を記念日にして国民を鼓舞するのである。

フランスはナチスに負けた日は記念日ではない、ヒットラーは前回の大戦で降伏調印した列車にフランスの将軍たちを来させて前回の屈辱をはらした、ナチスがソ連にも勝利した場合、ヒットラーはどちらも記念日としただろう
しかし、連合軍に負けて、栄光の鉄十字章もただのメダルになってしまった、日本の金鵄勲章も敗戦で遺族に
渡す年金も無にきした。

最初の神風特攻隊と言われている、関行男中佐「大尉であったが戦死により二階級特進」は、母一人子一人で
新妻もおり、当時の軍の慣例では外される筈であったのが、最初の特攻機は海軍兵学校出身の士官でなくては
ならぬとの上層部の意向で、爆撃機が専門の中佐を戦闘機に乗せて自爆させた。

軍神の母として崇められ、県知事や軍の幹部たちからも特別扱いされたのもつかの間、敗戦により、母親は生活にも困り、住む家も難儀していたのを地元の小学校校長が見かねて、学校の小使い「今の用務員」に採用して小使い室に寝泊まりしていたが昭和二十八年十一月、他界した

そして次の年から遺族年金が支給されて、軍神の母は受け取ることなく、息子の元に旅立った、母にとって敗戦前と敗戦後の人の心の変わりようよりも、あの世で息子に会える喜びの方が大きかったでしょう。

しかし、関中佐は23歳であったが、一緒に飛んだ兵たちも若い、士官たちと違い、特別な待遇も受ける事無く過酷な訓練に耐え、最後が特攻機では親としては言葉もなかろう、戦前では車も乗った事のない、若者たちが大空を飛び、敵機と空中戦をするまでになるというのは、余程、優秀な若者たちで家庭の事情などで、働かざるを得なかったこの若者たちを惜しむ

事情が許せば、兵学校に行き士官にもなれただろうし、帝大にいき博士になれたかもしれない若者たちをむざむざ死なしてしまった事に当時の軍高官たちはどの程度の思いがあっただろうか?葉書一枚の命が散った程度なのか、士官が死んだことには少しは胸が痛んだかも知れないが。

故山本五十六元帥が生きていたら、特攻を許しただろうか?ハワイに特殊潜航艇が奇襲をかけるのを生還の見込みがない攻撃は海軍としては許可できないとしたが、何とか生還回収の見込みがついたという事で許可になり、一人は日本の捕虜第一号となり、残りは九軍神となって大々的に宣伝された。

無論、これは士官と兵との二人乗りであったからで、兵隊だけであったらどうなったか?特攻は山本元帥が亡くなってからだが、もう、勝算の見込みなく、勝ち戦の時に和平停戦を望んでいた元帥としては、死に場所を求めての最前線の激励であったのかも?・・・神風特攻隊を見送ることににらなかつたことが彼には幸福であつたかも、長生きをしても何もない連合艦隊司令長官では・・・・・・・

戦争は止める時が至難であり、山本元帥の名声をもってしても当時の陸軍の暴走を止めることは出来なかったであろう、一大決戦をして敵に大打撃をあたえ、有利な停戦に持ち込みたいととの主張であった、陸軍としては南方の島の局地戦ばかりで、本格的な決戦はしてないと。

しかし、制海権も制空権もない状態で、本土決戦をした所で顔も上げることも出来ない程の空爆と艦砲射撃で
決戦が可能か?当たっても弾かれる大型戦車に対してブリキのような中型戦車で対抗できる筈もなかろうに
そんな決意があったなら、ソ連の侵入に対して一大決戦を挑むべきであった、敗戦になり武装解除の屈辱を先延ばしにしたい自分たちの面子だけの都合でしかあるまい。

ソ連も米国もドイツも何千台という大型戦車を保持して、実際、大草原で六千台近くの戦車戦を展開している、決戦と言うなら、それくらいの用意がなくてはなるまい、中国戦線で蒋介石の最強軍団に勝てたのも制海権と制空権があったからで、装備は蒋介石の軍の方が最新でおまけにコンクリートのトーチカに籠もり、撃ってくる敵に日露戦争より、少しいい程度の陸軍が勝てたのは空爆と揚子江からの艦砲射撃が威力を発揮した。

ノモンハンの戦闘の後、停戦協定が結ばれ陸軍はソ連の機甲師団に惨敗をしたのだが、その反省がまるでない
ただ、ソ連恐るべしの心理が働いて、独ソ戦の時、参戦しなかった要因となったのではと思う、それに比べれば世界では米国陸軍は下の方のランク付けであったので、米陸軍なら何とかなるだろうとの読みもあったのでは。

ソ連の将軍たちの日本陸軍の評価は米国と同じようなものである、すなわち、下士官 兵隊は優秀だが高級将校は無能である、そう思われても仕方あるまい、葉書一枚で幾らても補充がきく兵隊は無能な作戦で死なしても
痛痒は感じまい、そこから反省も生まれる筈もなしか・・・・今は少しは兵を大事にするようになっただろうか?

フランスはナチスに負けた時、ナチスと自軍の力の差を認め早々と降伏した、続けてれはパリは瓦礫と化し、東京やドイツのドレスデンのようになったであろう、屈辱は感じても国民の生活を考えればベストではなかったか?
第一次大戦でフランスの英雄だったペタン元帥はスペインの大使であったが、敗戦の後、ナチスと交渉して半分を自治区とした。

スペインのフランコ将軍が、ペタンに何も閣下が貧乏くじを引くことはないでしょうと言ったが、誰かがナチスに頭を下げないとフランスは壊滅する、ある程度大物でないとヒットラーに抗し切れまいと、ドゴール将軍は売国奴としてパリ解放後、ペタン元帥に死刑を宣告したが「後に終身刑に減刑された」

ロンドンで自由フランスを宣言して、故国に抵抗運動を呼びかけたドゴールは大物であるが、フランスの壊滅を救ったのはペタンである。誰しも敗軍の将として尊敬も出来ない相手に膝まづくのは嫌である、しかし、それをやれる人こそ救国の英雄である、華々しい活躍をして国民から喝采を浴びても、屈辱の場面では逃げるというのでは真の英雄ではあるまい。

敗戦後、日本の将軍たちはどうふるまったか?部下の責任をとったか、国民に心からの謝罪と反省があったか?葉書一枚の命と思っていた兵隊に何の痛みも感じない高級軍人たちにとって国民に謝罪、??だろう
何で謝罪が必要か、せいぜい、敗戦の謝罪くらいだろう、

インドへのインパール作戦で多大な犠牲者を出して敗走したが、この作戦じたい、東條総理が南方では敗走が続いて国民の士気が下がっている、何か明るい勝利のニュースはないかと問われたある将軍が、それなら
インドへの侵攻作戦はどうでしょう勝算はありますと進言した。それから始まった戦線である。

この前、NHKテレビでインパール作戦の生存者であった陸軍少尉の日記が見つかり、彼にもインタビューが行われた様子を見ていて本当に驚いた、アーと声も出ない程に驚いた、日本の高級軍人たちにとつて兵隊が葉書一枚ほどの価値しか感じていない事は知っていたが、実際にその発言を聞いて人間教育が完全に欠落した陸軍士官学校、陸軍大学の卒業生が日本を支配していたのを知る。

インパール作戦の司令部「当然敵の弾の飛んでこない場所」に勤務していた少尉が書き残した幹部たちの発言はまさに驚天動地であった、中々、作戦が上手くいかず停滞していたのをある将官が、他の幹部に、後、五千人も殺せばうまくいく、もう少しだと他の将官たちも同意していたと。

私は敵兵を五千人殺すのかと、中々、大変だなと思ったら、日本兵を五千人ほどつぎ込めば、殺す覚悟でやればスムーズにいくだろうとの意味だと知って本当に驚いた、足らなければ、もう五千人も殺せばの話しぶりで、それで勝てればいいとの将軍たちの会話に人間味の欠片もない。

元々、日本軍は食料などは現地調達「敵国の農民などからの略奪」が基本であったが、中国と違い、インドの山奥ではそんなにある筈もなく、雨季が始まる前に敵を壊滅する作戦で三週間分の食料しか持たず、600メートル
近くの川幅の大河を渡り『橋は当然ない」、二千メートル級の誰もが初めて超える険しい山を二つも走破して敵地に近づくという計画で、軍のほとんどが無謀だと危ぶんだ。

大砲や機関銃などは分解して兵に担がせて山を越えるので疲労ですぐに、三週間分の食料はなくなり、人間は落ちても兵器は落とすわけにはいかない日本軍では、険しい山道は想像を越えたことだろう、人間は牛馬ではないのだ、牛馬は川を渡る時に半分くらいは流されたとある、高級軍人たちは川も山も涼しい顔をして渡った事だろう

三万以上の兵達が死亡したのだが、誰も責任をとっていない、何なんだ日本の軍隊はと思う。これでは敗戦になっても責任をとる筈もなしである、極東軍事裁判で責任をとらされ死刑になった将軍たちも腹の底では負けたから仕方ないと思っても、国民に対して責任をとりたいと申し出た人は・・、こんなアホ軍人たちの命令で死んだ兵こそ哀れ

日本の遺族にとつて国の為に死んだのだからと大々的に式典を望むや?靖国神社がないと浮かばれないと思うや?何をもって犬死にと言うのだろうか?南方の戦線の多くは戦死ではなく、弾も食料も薬もなく、餓死や病死が多く、ガダルガナル島の場合も戦闘よりも食料の確保が一番で、ガ島ではなく餓島と言われた。

以前、自衛隊にいた知人から、今の飯盒弁当をいただき試食しましたが、これが美味しく、量もたっぷりで運動しないと食べ切れない感じでした、この弁当を食べた時、一番に思った事は、これを戦前の餓島のような戦地にいた兵隊に少しでもいいから食べて貰いたかったなーでした・・・・・・・本土の司令部にいて熱いコーヒを飲んで報告を受けるだけの人間には永遠にわからないでしょうーー今も昔も同じか?

戦後の米軍のニュースフイルムで、日本の戦死した兵隊たちを片付けるのにブルドーザーで運んで埋めていた
死体の山で首も胴体も構わず、埋めていたが無残としか言いようがないがこれも犬死になのか?華々しく敵に
突入して死ねば犬死にではないのか、玉砕が栄誉なのか?兵器も弾も食料もない状態に追い込まれ、やむを得ず突撃するのが栄誉か? 真に国の為と洗脳されて突撃するのが意義ある死なのか?

特攻隊で多くの若者たちは航空母艦どころか戦艦にも駆逐艦にもたどり着けず、空しく海の藻屑と消えていったが、敵艦に体当たり出来た者だけが名誉ある死なのか、その他は犬死になのか?そんなことはあるまい、国は
華々しく戦死した兵士のみを利用して、爆弾三勇士とか言って宣伝するが、弾に当たって名もなく戦死した兵士
だって犬死にではない

活躍した兵士もそうでない兵士も皆 家族や大事な人がいた筈でそういう人達は草葉の陰で派手な式典や祭礼に祀られることを望んでいるだろうか?皆、同じや、父さん母さん ろくに孝行も出来ず済まないなーとか、子供たちはこんな戦場で自分たちが亡くなったとは思うまい、勲章をもらえるような活躍が出来ずとも父さんは頑張ったでと。

敗戦を終戦と言い換えて国民に謝罪するべきを誤魔化したに過ぎず、はっきりと言える事は正義の裁判ではなかったにせよ、極東軍事裁判がなければ、日本国では一人の死刑も重罰もなかったであろうと思っています、
負けた場合、ドイツの例を知っているので、自決した指導者たちは上が亡くなればその下が責任をとらされるわけで堂々と連合国の裁判に出て、責任をとるべきであった。

戦争は嫌だとか、もう、こりごりだとか多くの人は言うが、勝った場合でもそういう人が多いだろうか?勝利した国
米国、ソ連、中国 英国などの国民はどうだろう、戦争は良くないが始まれば参加すると答える人が大多数では
なかろうか?フランスもドイツに負けた屈辱をバネにして軍事強国になった、他国が核を持てば自国も持つ、それが当然のように仏国民も、特に大きな反対運動はしない。

戦争で領土が欲しいからとか、資源が欲しいから奪うんだとはどんな国の指導者も言わない、誰もが正義の戦争であり、聖戦であり、自衛の戦争であると言う、問題はそれを見破ることではない、ヒットラーが独ソ不可侵条約を破ってソ連に侵攻した時、これは条約違反で不義であるから自分は戦わないと言ったドイツ兵はいたか?

ソ連が日ソ中立条約を破って満州に侵攻した時、これは不正義だから戦わないと言ったソ連兵がいただろうか
個人的に正邪の判断を出来る兵士がいたとしても怒涛のような戦争の嵐に反対出来るわけはない、戦争は始まったら止められない、そして国は勝たなければならない、勝者が敗者に慈愛の心で接する事はまずない。

勝者の暴行略奪、殺戮は古今東西、常にあった、大阪城落城の折でも、近代に入っても同じである、勝った方が正義であり勝てば官軍なのだ、正しい戦争であるとか、そうでないとかは関係ない、故に負けはならないのである、ソ連が満州に侵攻した時、日本の婦女子に対する暴行は残酷非道なものであり、逆らうものは男女ともに
殺された。今、その当時、生き残った婦女子が証言している、話したくはなかったでしょうが。

ドイツに対して報復するのはわかるが、日本は独ソ戦の時、一応、中立を保っていたのにである、戦争は人間を野獣にする、日本兵も中国などで残酷非道なことをしている、明日も知れぬ命の戦場の中では兵士も野獣になるのは止むを得まい、正常であれと言う方がおかしく、戦場で軍人勅諭を守っていたら、自分が死んでしまう。
敵または敵らしき者を見たら、殺せが鉄則で、数字はともかく南京虐殺もそういう過程で起きたのだろう。

日本は負けたから、南京虐殺などの報道が出ている、帰国した日本兵士の中にも話す人が出てきたが、誇れる話ではないし、家族も迷惑だろうから証言しないまま墓に入ったの方が圧倒的に多いだろう、ソ連からはそんな話は一切ない、スターリンから今に至るまで同じで、帰国しても普通の国民として暮らしているのだろう。

そんな、破廉恥で残虐な話を権力者たちが喜ぶ筈もなく、死んだ兵士も立派な国民として無名戦士の墓に入り
何も知らされない国民は頭を下げて愛国者に黙祷するのみである、どのような体制になっても自国民の恥は表に出さないのは何処の国も同じだ。

ソ連は千島列島は日露戦争で日本にとられたもので、元々はロシアのものを取り返しただけだと国民に教えている、抗議したところで日本は負けたんだ、何を言うかで終わりである、世界は正義で動いているわけではない
日本は満州国を奪ったが負けて失った、人の不幸の上に成り立つ幸福はないという格言どおりになったわけだが、ソ連の北方領土占領はずいぶん長いが、格言通りにはなっていない、これからも続きそうだ、

このソ連中国の勝者官軍路線を見習って北朝鮮も軍事強大国を目指して、今に至っている、強いものが勝つ、
何でもいいから勝つことが至上命題で、平和とか、協調はその合間のサービスに過ぎない国とやっていかなければならない日本国は平和だけなのか?ヒットラーは平和条約は次の戦争への準備期間だと言っていたが、周りの国がヒットラーでない保証はない。

日本人が中国人に対して、傲慢尊大になったのは日清戦争で勝ってからである、権力者たちがそうなれば、下の者もそうなる、中国は弱い、日本は強い、日本人の方が上だと錯覚してからで、長い漢文の歴史があり、すべて中国を真似て来たことを忘れ、杜甫や李白などの詩歌を愛唱してきた国民が、戦争に勝っただけでかくも変わるとは、米国が日本を属国扱いにして来たのも仕方ないか

国破れて山河ありとか、春眠暁を覚えずとかは長く日本人に親しまれてきたが、文化の面はさらりと捨て、中国人を馬鹿にして来た、しかし、今はどうだろう、恐れている、それは強大な軍事国家になったからで、文化が特に
優れているからではない、中国の権力者たちも特に、杜甫や李白を好きだとも孔孟の教えなども学ぶことはなさそうだ。毛沢東思想をどう思っているかもわからない、看板は掲げてはいるが。

戦争は始まったら勝たなくてはならない、敗者になれば、どんな無理難題を言ってくるかも知れず、国民は悲惨な目に合うのはつい、この間のソ連の侵攻で分かっている筈で、国の指導者の最大課題は戦争を避けることで
その為にあらゆる努力をしたかであり、国民はダメな指導者を選ばないことであり、監視をしっかりする事である

戦前は国民が指導者を選ぶことが出来なかったが今は出来るので、戦争になり惨敗してもこんな筈ではと天を仰ぎ、指導者たちに責任をかぶせる事は出来ない、敗戦後、一億総懺悔などという国民に責任を押し付けるような言葉を吐いた指導者がいたが、今度はそう言われても逃げられまい

私も戦前の日本の高級軍人たちは無能だと思う、まず、戦争に大事なのは燃料であり、軍需物資であり、それを
ほとんど、米国から輸入しているのに止められたら、長期戦になれば戦う前に白旗であろう、軍艦も飛行機も動かなければ、竹槍しかないのは明白である

そういう事にならないように細心の注意を払って外交をするべきを南部仏印進駐などと、南方資源を確保する為の準備と疑われるような事をして、石油を止められてから、このままではじり貧だ、戦争しかないと走り出した、米国は日本の息の根を止める手段を持っているのに、そこまではしないだろうとの楽観的読みがハズレてから、米国と交渉じゃ、何の為の駐在武官や大使がいるのか、情報が上がってこなかったのか、来ても無視していたのか?

要するに最後通牒に等しいハルノートが出されたから自存自衛の戦争だと言うが、それ以前から、米国の動向には常に注意を払い、石油が止められないような外交努力をしたかどうかが問題で頭が悪すぎる、中国との戦争は日支事変という事にして、戦争ではありません、紛争であるとして石油ストップを切り抜けた

これが戦争の場合、米国は中立条約で石油をストップするので、そういう言い訳をして来た、米国もわかってはいたが、日本が中国との戦争で国力を浪費すれば、マアいいだろうとの考えで黙認したのだろう、是が白人の国との戦争であれば、すぐにストップしただろう、日本国は米国に石油を止められれば中国との戦争も継続出来ないのに何を考えていたのか?それが米国との戦争まで考えるかなー

もう一つ、スペインのフランコ将軍はヒットラーのお陰て人民戦線との内乱に勝利したのだが、ドイツと英国の戦いには中立を守った、独裁者だがヒットラーの要請にも言葉を濁して加担しなかった、マア、恩義はあったが、そんなに簡単に英国が敗れるとは思わなかったのだろうーその辺は外交上手である

スペインのゲルニカ爆撃もヒットラーにとっては空軍の実地訓練をやる必要があったからで、そう強くは言わなかったのだろう、マア、イタリア以下のスペインが加担してもそう、戦力にはならなかったであろう。日本が見習わなくてはならないのが、この外交術である、なにも恩義もないヒットラーに加担してすべてを失った日本陸軍の頭の悪さに涙が出るというものだ。


最初から整理すれば、ドイツも石油は余ってない、世界一の大金持ち国で石油大国の米英に喧嘩を売るような真似をして、いつでも石油を止められる危険性があるのに、いざと言う時、ナチスが日本に石油を供給してくれるのか?どう考えても日独伊の同盟を破棄して米英の方に走るのが得策であろうに、ナチスの快進撃に目が眩んだ陸軍の馬鹿将軍たちの無策が敗戦の導火線になったと思う。

もう一つ、マア快進撃に目が眩んで日独伊の同盟に走ったのは置いといて、独ソ戦の時、何故、中立条約を破棄して参加しなかったである、そう主張する具眼の士もいた、確かにノモンハンでは惨敗したが倍の兵力と最新兵器のソ連にもかなりの損害を与えた、貧弱な日本陸軍としてはである、ゆえに敵のジェーコフ元帥も下士官兵は強く、簡単には倒せないと思った筈である。

そして一番、大事なのは海軍が参加していなかった事で、当時の戦闘機では世界一のゼロ戦が加われば、ソ連の制空権は簡単に奪えるし、地上戦でも爆撃されて戦車もそんなに役には立つまい、そして心理的に日本軍が参加したとなると敵は、二正面作戦になるので総崩れとなり、スターリンも自決となった可能性が大きい

それをしなかった理由は陸軍の躊躇「ノモンハンの惨敗による心理的なもの」と海軍にとってメリットがあまりないと言う事であろう、樺太やウラジオストックを制しても石油が入って来るわけではない、ドイツがソ連の石油地帯を確保しても日本に供給してくれる保証はない、それでもやるべきだったと思う、ナチスに心酔したなら最後まで
行くべきが日本陸軍のとるべき道であったと思う。

単純に考えても日本の味方「人種差別主義であり、あまり当てには出来ないが」はナチスしかなく、ドイツが敗れれば日本は世界を相手に単独で戦争するしかなく、いずれは大敗北となるは必定で、ドイツに勝ってもらうか勝たせるしか日本の生き残る道はないわけで、子供でもわかる話で、ソ連占領の後はヒットラーと話し合い、海軍も協力すると言う事で石油を供給して貰えばいいだけで、そのくらいの外交術もないようでは話にならないが。

その後は英国とドイツとの戦争の行方を見ながら考えればいいだけで、北の脅威がなくなれば、中国との戦争も
変わって来るだろうし、無理に南方の資源を狙うこともなければ、米国との戦争もする必要もなくなる、米国も
ヨーロッパの戦争には無関心であり、ヒットラーも米国を参戦させないように細心の注意をしてきた。参戦に積極的だったのはルーズベルト大統領たちだけであった。

ここまで読んでも、日本帝国はハルノートによる最後通牒に等しいものを突き付けられたから、自存自衛の戦争であり、陸軍首脳には何の責任もない、死んだ兵士は不運だった、東條総理だけが悪かったと思うや

原料の豊富な国を怒らせないような政策や、戦争にならないようにあらゆる努力をして来たか、反対の事ばかりして来た元凶が陸軍の高級将校たちである、派手なナチスに溺れ、自滅したのが日本帝国である。、



さて、今の日本で戦争に参加させられるとすれば、米国の戦争で占領地の治安維持か、ゲリラの多い所で米軍の死者が増えそうな場合、大統領は人気に差し障りがあると思えば、日本に参加してくれとなろう、燃料の後方支援などは当たり前で、米国の仲間が血を流すなら、日本人も流すのが本当の同盟であろうと、トランプに言われたら断り切れまい、今の日本の首脳や自衛隊幹部゛たちがそれを待ち望んでいるなら猶更である。

米国は日本の用心棒なのか、金だけ出して危険な事は米国任せなのかと言われたら、どうするのか?トランプの米国オンリーとは、それに見合う金が少ない、是からは日本の輸入車は全部、米国車にしろと言われても反論できまい、日本人が米国の核の傘に守らていると思っているなら、最終的には要求はもっとエスカレートする
防衛予算は今の倍、10兆円くらいになってもそれを拒否できるかどうか疑わしい首脳である。

米国は米国だけでやっていく、日米安保は破棄だ、自分の国は自分で守れとと言われたら、日本はどうするのか?そういう時が来ないとも限らない、核を持っている国は最低限、自分の国は自分で守れる、日本は核を持つのか、今では遅すぎるし、秘密裏にやらないと駄目で、それを米ソ中が許すかどうか、日本は経済封鎖に耐えられない

独自の道でやっていけるような、議員たちが今、日本にいるかと言えば、アウトであり外交術もない、金権に弱い議員は幾らでもいるが、こんな難しい舵取りは、誰も出来ないだろう、さすれば、米国に守って貰っているのだから、自衛隊の戦地派遣も仕方なしの声が大きくなるのではと思っています、問題はいつまで米国の力が通用するかであり、保証があるかと言うと白人オンリーのトランプでは?

もしも、中ソと北の金帝が同盟を結び、日本を恫喝してきた場合、米国は本当に守ってくれるかどうかである、米国の力が衰えて、中ソのどちらかがもっと強大になって日本を恫喝してきた場合、日本は誰に助けを求めるのか何でも言う事を聞かなければ、米国は手を引くと言われたら日本はどうするのか、トランプなら言いかねない

この前、PAC3ーとか、ミサイル防衛システムだとか、高い兵器「一基八億以上」を買っていたが、あれはトランプが米国の兵器産業を儲けさせるために総理に買わしたのではと思っている、日本の防衛省は米国の兵器に関してはいつも言い値で買っているが、その方がリベートを取りやすいからではと疑われても仕方あるまい。

兵器の売買は貿易摩擦の対象にはならないのか?日本はいつも買うばかりだが。ミサイル防衛の兵器が百基あろうと日本を防衛することは出来まい、金帝が発射した時は、方角、日時など予告されてもオタオタしていた
同時に20発も打たれたら、カバー出来まい、それも敵は昼も夜も関係なく、予告もないのが普通だから、何発か
当たれば、日本はお終いだろう

金帝が打つときは核抜きということはあり得ない、サリンか毒ガスかも知れない金帝が打つときは一族が自滅を覚悟した時で試し打ちはない、他の国の指導者たちの場合、他の高官たちも壊滅するような冒険は中々、出来ないだろうし相談もあるだろう、イラクの故フセインの場合、核を持っていればイスラエルに発射しただろう「負けそうな時、核を撃つのを躊躇うだろうか」

戦前のような防災訓練を政府が自治体にやらしていたが、まことに笑止で戦前の、桐生悠々の関東防空大演習を嗤うである、桐生氏は真のジャーナリストで硬骨の士であった、日本は紙と木で出来た家屋が多く、日本の空に敵機が現れるようでは終わりであると鋭く新聞に発表したので、陸軍に睨まれ新聞社を去った、こんな当たり前の事も自粛していたのが当時のマスコミであった。

防衛システムを買った手前、何とか敵のミサイル「だけ」が飛んでくるぞと脅かし、バケツリレーのショーをさせたと言うのが真相か、そして警報サイレンも鳴らして国民の脅威を煽ったのだろう、地下鉄まで止めるとは恐れ入り屋である、飛んで来たら終わりである、広島がピカッと光った時、終わりが来たように。

今も昔も大マスコミは、最後は反権力のポーズをとっていようと全部、大政翼賛会の仲間入りをするだろうと見ています、ビジネスでやっている以上、国家権力に逆らってまで反骨を貫くのは個人でも組織でも至難でしょう

ソ連でも中国でも金帝でも数分で飛んでくるものを国民は防ぎようもないし、逃げ場もない、国会の核シェルターに逃げ込める人達ならば数分あれば大丈夫だろうが、自分たちだけ生き残っても仕方なかろう、私も彼等と生き残るくらいなら死んだ方が増しである。

日本人は原爆許すまじとか、広島、長崎市長も核の廃絶とか絶叫しているが、自分の国に打ち込まれても報復はしない覚悟なのか、絶対に持たないのか、全国民もそう思っているのか?子供や家族、友人たちが核で死んでも報復はしないのか?日本の半分を寄こせ、でないと核を落とすぞと言われた場合、どうするのか?

米国の傘に守られているという事は、恫喝してきた国が核を発射した場合、米国が代わりに報復するのはいいのか、自分の国が発射しなければ、いいのか、核を持たない以上発射はあり得ないが米国の核はいいのか、
日本が核を撃ち込まれても、大統領閣下、報復は辞めて下さいが、広島長崎市長の立場であろうが、日本国民はどう思っているのだろうか?

米国に報復して貰うのも、自国で保持して報復するのも同じではなかろうか?それなら、自国で保持して自由に使える方が良かろう、米国民も報復すれば大勢の死者が出て、やはり、心が痛むであろう、まして米国に打ち込まれた核ではなく、日本に打ち込まれた核に対する報復では、もしも、報復するなら日本国がするべきではなかろうか?・・自分の手は汚さない報復は正義なのか

報復して貰わないなら、日米安保は要らないが通常兵器だけで日本を守れるのか、恫喝に対して毅然と打つなら打てと言えるならいいが・・・・・本当に是でいいのか、ろくでなしの総裁選はどうでもいいが、マア、あの夫妻のタラップを上がる姿は見たくはないが・・又もや神に祈ってますのセリフを聞くことになるのか?

芸能人とかスポーツとかレジャーとか自分たちの遊興と金儲けだけに走っている国民と金権にに狂奔している支配層を見ていると、やはり、それに似合う議員たちしか選ばれないだろうと思う、防衛は米国任せ 核も米国任せ いざとなつたら神頼みか、こんな筈ではとなるのか?

憲法改悪に狂奔している安倍川総理は米国の下請けとして自衛隊を派遣出来ることを目的として改悪したいのか?天皇主権の国家にしたいのか?米国が引いたらどうするのか?青写真があるのか?如何なる時でも日本は戦争に参加しないのか?憲法論議の前に原発の後始末はどうするのか?

百年以内には今ある原発の廃棄をしなくてはならぬのに何処に埋めるのか、安全なのか何も決まってなくて未来を語れるのか?そして、まだ増やすような事も言っている、外国で噂されているように原爆を持ちたいから
プルトニウムを貯め、原発の廃止を決めないのだと。

オリンピックのお祭りマンボ総理は誰でも勤まるが、戦前はナチスに心酔して自滅したが、今、米国に頼り、梯子を外される心配はないのか?戦前のような軍国路線に走るのか?憲法改正と言うだけで、具体的な項目は何も
知らされない、米国の下請け軍隊になる事だけの改正なのか?

最終的に金帝のように貧者の核を持つのか?高額な通常兵器を買い込んで核保有国に笑われる道を突き進むのか?自分の国は自分で守るが核保有国の持論なので、通常兵器はおんぼろでも攻撃されない防衛体制が金帝である、税金の面から見ればそれが正解かも知れない


幾ら高価な兵器と防衛システムを備えていても単独では核で威嚇されたら、白旗では何にもならないといのが
金将軍の考えであろう、故に通常兵器で勝る韓国も平身低頭している。米国が未来永劫助けてくれるだろうという前提条件での日本の防衛は、未来永劫に米国に頭が上がらないし、いつ切り捨てられるかわからない恐怖がある、核があれば最貧国でも米国と対等に渡り合える現実を見れば、考えさせられる問題であろう

未来永劫、バカ高い兵器を米国から買わされ、無理難題を押し付けられ、日本の総理などは代官扱いである
それでいいのか、こういう事を解決する道を探すのが日本の指導者で何を改正するのかわからん、低能総理に
任せていいのか、口を開けば憲法改正とオームのように唱えているが。

日本の国防は昔も今も、空と海が破られたら終わりである、日本は細長い、何処からでも上陸出来る、上陸されたら終わりで、沖縄戦と同じになるが今はすぐに白旗であろう
、かっては北海道に最強師団を置いて、ソ連が攻めて来た時、一週間程度、持ちこたえれば米国が応援に駆けつけてくれるというシナリオだったようだが

ソ連が北海道に来るとは限るまいに、現実は敵の手薄な所から攻めるというのが常道で、上陸されたところに戦車を運んでも間に合うまい、民間人は逃げ惑うばかりで、日本は専守防衛なら、高価な戦車はあっても役に立たないだろう、無論、高射砲とか大砲なども必要とは思えない

国内が戦場になった時は終わりで少々抵抗した所で被害が大きくなって白旗なら、最小限の被害で白旗が正解だろう、つまり、戦前でいえばサイパン陥落で白旗を上げれば、日本国内は空襲受ける事無く、家屋も国民も無事であった、当然、東京大空襲もなかった。戦地に派遣することのない戦車などの兵器はなくてもいいのだ、憲法改正して派遣するなら別だが


陸軍は最低限でいいのだ、どうせ守り切れない国土だから、その分空と海に力を入れるべきで、まさか、災害派遣が主要任務という事はあるまい、国土防衛が最重要任務である筈で無駄な税金を費やして防衛産業を儲けさすことはないそれは高官も判っている筈だが、制服組も背広組もリベートと天下りの為、防衛産業の要求する値段を拒否しないと言われている

要するに国防とか国民の為にある筈の防衛省が、自分たちの利益と保身の為の防衛では、戦前の陸軍の唯我独尊とそんなに変わるまい、軍機だ、軍の方針に間違いはない、民間は黙っていろで兵器の値段も国民は知る事はなかつた、戦前は性能のいい兵器を国内で保護育成する必要はあった、

今も国内兵器産業を維持する為にはある程度は必要のない兵器でも注文して技術が途絶えないようにすることも必要悪という事になっている、問題は本当に必要な兵器なのか?技術なのか?他国の同じような兵器と比べて値段が妥当かどうかであり、陸戦の為の兵器は国産でなく、安い外国製でもいいのではと思う。

陸自は革命などの鎮圧に必要と思っているのか?今、外国を侵略するほどの軍隊ではないし、そのための派遣もないから、多くを養う必要もない、軍は両刃の剣でクーデタの心配はあるが、現時点では米国の了解のない
クーデタはあり得ない、ただ、米国から自由になり自主独立の軍隊となった場合は、権力者次第であり得る、

自主独立の軍隊となった場合は、背広組は追放だろう、今も有名無実のシビリアンコントロールであるが、素人に何がわかるかが制服組の本音だろうから。米国は長い歴史がありクーデタの可能性はほとんどないが、日本は未知数である。

今、軍隊ではないという事になっているので、制服の呼び名も一尉とか一佐とかにしており、戦車も特車とかにしている、そういう日本人に合わない呼び方は改めて、大尉とか大佐でいいと思う、国民になじむ呼び方にしても
いい時期であろう・・・誰も自衛隊が軍隊でないとは思っていないから、ただ、国防軍よりは自衛隊の方がいいと思う、

安倍川総理は軍高官との懇談会で自衛隊が誇りを持てる云々の話をしたらしいが、今時、、自衛隊が要らないと言う国民は少ない、災害派遣で感謝されている、問題は国民の誇りにたる指導者なのかであって自衛隊ではない、頭が保身と天下りで一杯の高官たちなら、安倍川総理でも五平餅でも誰でもいいのだろうが。

問題は戦争になった時に役に立つかどうかであり、詐欺的呼び方ではない、災害に役に立つことも大切だが軍隊は国防である、外国に威嚇、攻撃されない為の軍隊であり、戦争にならない為の軍である、日本国は米国から離れたら、それが可能だと国民は思うや?

軍隊は実戦を体験しないと役に立つかどうかはわからない・・実際、爆撃や弾丸が雨あられの中を突撃してわかるものだが、実戦を体験するには戦地派遣しかない、しかし、米軍と一緒に戦ったとしてもそれが日本の防衛に役に立つとは思えない、 今まで書いたように日本は内地で戦になったら終わりである、日本を攻めれる国は
軍隊だけは強大である

実戦を体験した陸自の兵隊が頑張っても、内戦になるという事は空も海も駄目という事で空襲を受けたら、国民は耐えられまい、東京大空襲を繰り返すことはあってはなるまい、沖縄戦もである、ゆえに陸自は最低限で実戦も必要なしである、それでは空と海はどうか?大体、空も海も領海、領空を侵犯してくるのはソ連と中国で、金帝はスパイ船くらいである。

中ソの侵犯に対して、スクランブル発進をして警告しても、実際、戦闘になれば、困るのは日本である、戦争を覚悟して戦闘になる場合はミサイルも飛んでくるだろうし防ぎようがない、消耗戦になっても勝ちはない、少数の戦闘機が優秀でも量に勝る中ソの爆撃は防ぎようもなく、原爆でなくても日本を火の海にすることは可能である。

まして、核もない日本は威嚇にも弱い、要するに日本の軍隊は国土防衛を単独では不可能で、他国を侵略する
意図がなければ、最低限でいいのだ、後は金帝の核路線で行くのか、米国に永遠について行くかしかない
いつ米国から切られる危険を承知で。トップガンだけでは日本は守れない、当時としては最優秀の戦闘機と最優秀のパイロットを擁していながら、負けたように、人と兵器の補充がなければ終わりである。

米国から兵器を買わない、自主独立だと宣言した場合、経済的にやっていけるのか? 米国は日本から車を買わなくてもやっていけるが逆はない、国防も経済も米国頼みでは永遠に自由独立はない、国民はそれでもいいと思っているのだろうか? 口を開けば平和平和と言うが、その覚悟はどれほどのものか?金将軍は核を保持して自主独立を宣言している、米国の圧力に耐えて。

国民の大半は何も考えていないのではと思っています、その方が政権にも都合がいいのかも知れませんが、
私は金帝の恐怖政治がいいとは思っていないが、周りが核保有国で飢狼のような国では自己防衛にはどうしてもこれしかないと、金日成以来の悲願であったのだろう。

日本国の良い所は、一つある、それは頭が悪いと言われてきた人たちでも総理になれた、今も三選は固いと言われている安倍川総理も決して優秀ではなく、高校も東大も大蔵省もトップで来たと言われている才媛が、総理になったかと言えば安倍川総理にひれ伏している、学歴だけ見れば女性初の総理になっても不思議ではない筈だが・・・・何に問題があるのかな

まあ、他にも学歴優秀で総理候補と言われた人もいたが消えていった、阿部さんにあって彼らにないのは何であろうか・・・世襲ではあるまい、二世は偽世である、まあ、世の中の劣等生には救いであろう、漢字が読めようと読めまいと日本のトップになれることがわかったから、しかし、これらの人達が日本の三軍の長であると言う事実で
本当に大丈夫なのかなと思う・・・自分でも不安なので三軍の長を天皇にやってもらう為の憲法改正なのかな。、



是からの五年は世界はどうなるかわからない厳しい状況である、オリンピックだってわかったものではない、そんな時、米国の属国でも自分たちだけ楽を出来ればいい議員たちしかいないのは日本の悲劇である、確固たる信念も政策も未来の青写真もない指導者を担いで日本は何処へ行くのだろう?お祭りマンボの後は焼け野原か?

長崎広島の市民だけでも核を落とされても報復しない、米国民にも報復しないようにお願いしますと八月六日の記念日に世界に向かって言うべきだろう、故に日米安保も要りませんと、役人の中身のない空虚な平和宣言よりは覚悟を示すべきであろう。

都合の良い時だけ、世界で唯一の被爆国を強調して記念式典を開いているが率先して非核宣言に署名しているわけでもない、一瞬にして黒焦げで死んでいった被爆者数十万人を思えば、日本の総理は長崎広島の市長と連名で、米国に対して、日本に核が撃ち込まれても核で報復しないで下さいと訴えるべきである。

悲しく辛い決断であるが、米国も他国の為に核で報復しなくていいのなら、心が痛むことは少ないであろうから
受け入れるかもしれない、トルーマン大統領は米国の若者たちの戦死を減らす為という大義名分があり、それは
今も米国民から受け入れらている、その本音はチャーチルが言ったように閣下があの世で神の前に出た時に
どんな言い訳をされるのか考えられたか?であろう。

人それぞれ考えも千差万別であり、やられたらやり返せ、倍返しだと思う人達もいるでしょう、原爆には原爆だと思う人達もいるでしょうー私は自分の信念を持っているがそれを他人に強要するする気はない、国民の多くがそう思っているなら、それも可である、しかし、日本国の指導者は反対があっても、土下座してでも国民にこの提案に賛成して貰いたと懇願するべきである。

それが最初に亡くなられた広島、長崎の被爆者、今も生きておられる被爆者の方々に対する最低限の礼儀と言うものでしょう、他国の指導者は知らず、日本国総理を自ら志願してなった人間は、世界に胸を張って、核を使わず、核の報復はしないと声を大にして約束をするべきである、困難な道を選ぶ人が総理になるべきで、そういう人が総理になるのを見ることが出来るだろうか・・・・・・・・・

原爆を保持することと使用することは別である、米国に報復して貰うのと日本独自で報復するのとでは違うのか?阿部憲法が自主独立の道になるのか?ますます、米国の犬になる道なのか?ろくでなしの議員たちの唱えている憲法改正では何もわからない、・・・・

キリスト教の教えが広まって二千年以上たつが、世界の国で右の頬を打たれたら左の頬を向けよと言ったキリストの教えを実行している指導者はない、我が日本国の総理がそれを有言実行すれば、世界の歴史に燦然と輝くであろう・・憲法改正で名を残すなんぞはまるで小さい


私は核を落とされても報復しないに賛成であり、全国民がそうであった時、神はそれを傍観するのか、それを見たい、神の降臨を切に見たいと思っています、三十万死んで、見も知らぬ国の人達が報復で三十万死ぬことが人間のやる事とは思えない、戦争は勝たねばならぬが核の報復合戦は許されまい・・、


そして長い沈黙の後、地獄の廃墟の後を見て世界の人達がこれを他山の石として本当に核廃絶を誓い、真の地球の恒久平和につながる最後のチャンスになるだろうと思っています、人間は浅はかな動物で、広島、長崎の投下の前に実験をしており、その雲の下にいる人間の運命も承知している筈で、それでも日本で人体実験を強行した‥‥莫大な税金と年月をかけた爆弾の効果を現実に試したい欲望にかてなかったのであろうが

広島長崎の惨状を間地かに見た米国の研究団体と直接受けた広島長崎の市民とでは思いが違う、次に使用するときの参考にと考える米国とでは。まして、惨状を写真くらいでしか見たこのない米国市民にとつては卑怯な国民が何人死のうと自業自得だと思われたことだろう。

ただ、強大国を目指す指導者たちには、そんなに効果があるなら、是非、持ちたい、何としても開発したいとなり
そこに人間の累々たる死体が存在する事は眼中にない、撃たれたら撃ち返せないようでは国家ではない、如何なる犠牲を払っても開発する、人民が多く、死滅しようと最後に勝てばいいのだ、極端に言えば、相手国が全滅して廃墟となろうと自国民の大半が死のうと自分たちだけが生き残れば、勝ちであると。

故に、世界中の市民たちが現実に死体と廃墟を見ないと核廃絶には向かわないと思います、アウシュビッシュの死体の山を見て、ナチスは酷いと認識したように、、強欲な人間が真に目覚めるには大いなる犠牲が要りましょう・・・・・私はその犠牲者の仲間に入る事には何の後悔もありません、撃つ方にいて神に会うよりは撃たれる方にいて神に会える方が幸いですね。

もしも戦国時代に生まれていたら、トップは辛いよ 155話

かって、高名な作家が歴史の中でどの時代に生まれるか選べるなら、私は戦国時代がいいですねと仰られたような記憶があります、マア、徳川時代よりは人間が生き生きしていると私も感じました。人間の欲望がストレートに出た時代であり、選ぶ頭を間違えれば、それはそのまま死と一族の破滅に繋がる恐怖の時代でもあった。

日本の戦後の政治家たちで戦国時代に生まれていたら、一国一城の主になれそうなのはほとんどいないだろう
狡猾さとか国民を騙すテクニックは、ある程度は持っているが、それは半分はマスコミを利用してのもので、とてもあの厳しい戦国の世で大名になれるとはとても思えないですね。例外があるとすれば、故田中角栄総理くらいなものだろう、彼なら天下はともかく、大名にはなれた可能性があります。

今の忖度官僚 忖度議員 平目役人たちは江戸時代であれば、何とか生きていけただろう、マア、ゴマすりで出世も可能であったかも知れない、それなりの身分に生まれていればだが、下級武士とか、農民に生まれていれば、地面を這いずりまわって 一生を終わったでしょう。

息苦しい身分社会で一生を終えるよりは、乞食か王様かの方が面白いと思うが、すぐに首を切られて終わる可能性もあり、どちらかと言うとそっちの方が高い確率かも知れない、それでも男として生まれるなら、やはり、この時代でしょうー平安時代の王朝貴族の歌詠みと蹴鞠では退屈だし、貴族に生まれなければゼロである。

戦国時代は親子でも兄弟 親戚でも跡目争いや我欲の為、戦や謀殺があるのが普通で、並の神経では生きてはいけない時代でもあった、織田信長も弟を殺し、武田信玄も父親を追放、長男を自害させている、伊達政宗も
父を殺され 弟を殺している、徳川家康も妻を殺し、嫡男を自害させている、毛利元就も弟を殺している、およそ
何もなく平穏な戦国大名はほとんどなかった。

戦国大名たるものは常に誰が裏切りそうか、信用できるのか?相手を油断させて殺すとか、恩賞などで敵の重臣をこちらに靡かせるとか、神経をピリピリさせて、それを悟られないような演技も必要で、現代の人達には中々
出来ないだろう、それの巧拙がすぐに一族の滅亡につながるから、日々が昔の映画のタイトロープのような綱渡り人生だったでしょう、

束の間の平和はあったでしょうが戦争の合間の幸せと言うべきか,戦前の日本軍と同じで戦争、戦争の合間に
戦地でタバコを一服するが如きか・・・ただ、戦国時代と日中戦争から日米戦争に至る時代が同じかと言えば
天下統一されて平和が来そうな戦国時代と、破滅に向かう戦前とでは同じ戦でも少し違うような気がします。

聖戦と言われ従軍しているのと、主君が勝てば領地が増え、恩賞にもありつけると欲望のままに生きる、ある意味、自分に正直な生き方、共通しているのは、敵が死ぬか自分が死ぬかは運しだいであるとの諦観だろう。

一年中、緊張して敵か味方かを見定める努力がいる戦国の世は、とてもアホでは勤まらず、凡庸な主君ではすぐに他の勢力に攻め込まれて滅ぶ危険があるので、彼らは血族結婚 政略結婚をして縁戚関係を深くして、周りは叔父、甥、従妹などで固めている、それでも裏切りは日常茶飯事で、非常に疲れる時代とも言えようか・・・

天下取りが可能な主君を掴んだとしても、それが織田信長では家臣は毎日、気が休まるまい、例え、自分を裏切った義弟とはいえ、妹の亭主だった浅井長政の頭蓋骨を金箔にして酒を入れて飲む姿を家臣たちに見せつけるとは流石の家来たちも驚いただろう 例え、戦国の世とは言え。マア 信長にすれば、裏切った奴の末路はこうだと、義理の弟と言えど容赦はしないぞとの心理的圧力をかける意味もあったかも

妹と娘「後の淀の方たち」は助けたが、長政の嫡男は秀吉によって捕らえられ殺されている、比叡山焼き討ちといい、長島一向一揆 二万人の殺害と言い、黒田官兵衛の息子「人質となっていた」殺害命令といい、天下取りに邪魔になるものは全て抹殺するという、この人の冷酷無残な心は何処から生まれたのか?

秀吉ほど、黒田官兵衛に接していなかったので人物を見誤った可能性もあるが、尼子の山中鹿之助の見殺しといい、天下取りには少々の事なのかも知れない、信長にとっては。父親の死後、尾張を統一するには弟や叔父とも戦をして殺害せねばならなかった彼としては、大馬鹿とか、暗愚の跡取りとか言われ、かなりの家臣が弟に
ついた、後の織田家筆頭重臣、柴田勝家なども弟についていた その頃を乗り切ったが人間不信はあったろう。

あの時代、上杉謙信 山中鹿之助 毛利の清水宗治「最後に湖水上にて切腹」などの武士は得難いもので、黒田官兵衛もその一人である、裏切りと謀略が常の中にあって、まさしく 金の宝である、関白秀吉の失敗は二つあり、甥の秀次の切腹などは、我が子可愛さに目が眩んだだけで大きな失敗ではない

大きな失敗は小牧長久手で家康と対戦した時、黒田官兵衛が戻るまで待つべきか、最初から連れて行くべきで
黒田の用事は後にするべきだっただろう、軍師黒田がいる時は負けたことがない、明智、柴田と連戦連勝して来たので意気は上がっていた筈で、徳川の四倍近くの軍勢なので奢りがあったか?負ける筈はないと

この合戦で家康、恐るべしと他の大名に思わせたことが、次の家康の御機嫌取りにつながり、最後は豊臣滅亡につながった事を思えば、負けてはならない戦であり、和睦してはならない戦であり、家康の降伏まで戦うべき戦で、ここで軍師官兵衛の起用がなければならなかったと思う。

もう一つの失敗は黒田を大大名、百万石以上にして大老にすべきだったと思う。黒田如水は関ケ原合戦の時、九州で大暴れして、島津にまで攻めかかる所であった、家康さえ 領地を保障した強者に寄せ集めの兵で攻めるとは余程の勝算があったのか? 謀略があったのか?家康がストップをかけなければ、どうなったか

無論、彼は天下取りに野心があって関ケ原が長引けば、三分割に出たと思う、豊臣、徳川 黒田である、惜しむらくは息子が親の心子知らずで、毛利、小早川に根回しをしてあっけなく家康の天下にしてしまったので、彼が息子の長政と会った時、家康公が非常に喜び、私の手を握り締めてくれましたと報告すると、もう一つの手はどうしていたのかと?家康を刺し殺すことが出来ただろうと言わんばかりの不機嫌な顔であったとの逸話が残っている

実際、その通りの働きを親はして、息子は家康に気に入られようと働き、人間の器量の違いで黒田長政を責めるは酷であり、二代目としてはいい方である、その働きによって黒田は50万石以上の大名になれたのだから。
無論、親は百万石以上の働きをしてきたが、関白に警戒されて二十万石以下に抑えられてきたとの思いがあったでしょうー、秀吉が天下をとれたのも自分がいたればこその自負もあったでしょうー

関ケ原の結果に天を仰いで涙を飲んだ武将は黒田如水と真田親子であろう、そして上杉景勝、黒田如水も息子に邪魔をされるとは?やはり、阿吽の呼吸でわかる親子とそうでない場合があり、真田親子のようにじっくり話し合って決めるべきで、如水 二回目の大不覚であったでしょう、一回は前主君に騙されて、伊丹の荒木村重に地下牢に閉じ込められ 生死不明の危機に陥った事である。

秀吉は関白になってから、側近などに次の天下は誰がなるだろうか?とよもやま話をして、ある時は蒲生氏郷だとか、言ってたが、やはり、黒田如水だろうと秀吉が話した、確かにそれで如水は関白に警戒されていると思い
隠居したとの説もある、しかし、関白も本心は家康だと思っていただろう、領地も位も他の大名とは違いすぎる
本心を話せば、家康に警戒されるし、後で何かとぎくしゃくする、何の落ち度もない家康を叩く理由もない、

そこで黒田の名前を出したのだろう、他の大名も彼の実力は知っているのでなるほどとは思っただろうが、これは伝わってもいい話で、聞かせる為の会話で秘密でも何でもない、黒田と大老たちでは石高がまるで違う、まして家康とでは差がありすぎる、今のままでは天下取りが適う筈もないだろう、

ただ、黒田如水は秀吉に天下を取らせるため、死ぬほどの努力もして、秀吉に忠誠を尽くした、彼に百万石以上を与えれば、彼は恩に感じて秀頼の存命中は忠義を尽くすであろう、他の大老よりは余程、役に立ったであろうに、石田三成は傲慢不遜の所ありて、皆からよく思われていなく、如水ともよくはなかつたが、彼が大老ならば重みが違うし、秀吉もそこがわかっていなかったのかなと思う、又、不運にも秀頼に器量がなく、天下乱れても黒田如水の天下ならば、私も見たかった

秀吉の弟、豊臣秀長「百万石」が死んだ時でも良かったが、秀吉が関白になった時、百万石を与えるべきであったと思う、如水も真田も家康が天下人の器量人とは見ていなかった、他の実力派大名たちもそう思っていなかった節はある、ただ、石高と位とが群を抜いていたので、凡庸だが欲深な大名たちが支持したに過ぎず、関ケ原の合戦もイノシシ武者の福島正則などが、石田憎しで突進した結果と黒田長政などの影の謀略で勝ったようなもので石田三成の暴走がなかったら、家康の天下があったかどうかはわからない。

家康の恐れた事は、豊臣対徳川の構図になる事で、関ケ原の後、大阪城冬の陣のころなれば、もうどうでも良かったが、関ケ原前では加藤清正も生きているし、恩顧の大名も簡単には家康方には着けない、黒田もどう動くか、わからない、征夷大将軍の称号も取りにくい、石田は黙って佐和山城で見物をしているべきであった、家康の年齢を考えれば、それが最善であっただろう。

無論石田も上杉らと綿密に示し合わせた作戦だっただろうが、如何せん 真田ほどの軍師もいなく、人の心を動かす器量がなく、石高もなく、戦国時代においては実戦あるのみで、戦の場数がものをいう世界で、能使の出番
はない、いつの時代も現場は事務方とは仲が良くないのが普通である

秀吉も戦場働きで敵の大将とか豪傑を打ち取ったと言う経験はないが、戦傷には多く出ている、浅井朝倉攻めでは、敗走のしんがりを務めている、これは大変な事で、この頃、家康とも一緒に戦っている、まだ、信長の家臣だった頃、お互い、天下人なぞ、夢見る余裕もなかったであろう。

戦国時代を観察すれば、トップの決断がそこの家臣や領民に大きな影響を与え、一族郎党の運命もしかりである、いつ、どこで決断するか、速いか遅いかは物凄く生死にかかわって来る、凡そ、誓紙とか約束なぞはすぐに
反故にされる時代で、信じた方が悪いというか馬鹿であり、他の大名たちもそれを反故にしたからと言って特に
非難はしていない。

近代でもヒットラー、スターリン、北の将軍と称している独裁者など、幾らでもいる、見極めれる頭があるかないかが、勝敗の分かれ目であろう、日本なども敗戦間近にこともあろうに、ソ連即ち、スターリンに和平の仲介を頼んでいる、赤は抹殺すべしと国内でも共産党をしめつけ、いままでに散々、ソ連を最大の敵国として軍を拡大してきた陸軍が、溺れる者は藁をも掴むという例えがあるが、日本のトップたちの頭の構造を疑いたくなる。

あの冷酷無比なスターリンに頼むかな・・・・・・元総理の近衛を特使として満州も放棄していいような条件、日本兵もある程度は捕虜として労働に使役してもいいとか、あの大元帥に跪いてお願いしている、情けなくて涙が出る、日中戦争の間も満州の関東軍は温存していた、日本最強の精鋭は全部、ソ連に対峙していた

それが最後は抜け殻の軍隊となり、満州の開拓民、同胞を置き去りにして逃げて、最後は無条件降伏で、シベリア送りになり、十万近くの兵隊が無残にも凍土の土となってしまった、どうせ死ぬなら、彼等も同胞の女子供、年寄りが安全な所に落ち延びるまで少しでも盾になって死んだ方が余程、よかったろうに・・・・・

日米交渉の時、満州は日本帝国の英霊が血と汗を流して獲得した土地で、陸軍としては撤退はあり得ないと時の陸軍大将、東條総理が咆えていたのに、負け戦になるとあっさり、放棄もあり、賠償として日本兵士たちの労働使役も可であるような停戦条件を出していた、まさに日本国民は使い捨てであり、声も出ない。

戦国時代も敗色が濃くなると、藁にも縋りつきたくなる事もあっただろう、信長を裏切った伊丹の荒木村重も毛利の援軍を頼りに頑張っていたが、最後は自分一人だけ城を捨てて逃げて生き延びたが、あの信長の怒りは凄まじく、女子供、一族郎党、全員 公開処刑をして荒木に見せつけた。荒木の逃亡は例外に近く、多くは負け戦の
城主は腹を切る。

戦国時代と江戸時代との決定的違いはどこにあるか、それは戦国時代は主君が切腹して、家臣たちの命を助けたことで、江戸時代は殿様に代わって家老たちが腹を切った事である、、尼子も毛利の軍勢に囲まれてやむなく主君が腹を切り、家臣一同 お咎めなく開放となった、ただ、山中鹿之助だけは生かしておくと又も毛利打倒を企む可能性大なりとだまし討ちにして殺害した。

名門、三木城の城主は若く、最初は黒田官兵衛の勧めで織田方につくと約束したのだが、叔父などの親族や家老たちから毛利の方が大きく強いと説得され、裏切って毛利に着き、結局、秀吉の軍に包囲され、あたら、40万石の名家、別所長治も滅びてしまった、一族の女子供も一緒に自害した、別所が自害するにあたり、トップの先を見る目がなかったことを詫び、幼児たちは奥方が目を塞ぎ短刀で殺したとある。なお、毛利に加担することを
勧めた叔父は逃げたが家来たちに殺害された。それでも家来たちは救われて解放された。

幕末、長州藩は藩主親子を救うため、家老三人が切腹 尾張藩も長州から難癖をつけられ、やはり家老三人が切腹した 会津藩も降伏落城で藩主の代わりに家老たちが切腹した、永らく、藩主から家禄を頂いて来た恩に報いるのが重役の責任というわけであろう、それに比べれば、戦国のトップたちは全ての責任は己で被り、不利になれば、家臣たちが裏切るのが当たり前の世の中で、本当にトップは辛いよである

辛いからといって泣き言を言ったり、頭を抱えて酒色にふけっていれば、それも敗軍の将となる一歩となりかねず、うまく、家臣を使いきれないトップは家臣にも見限られる、当時は上が主君足らずば、家臣は家臣足らずで
トップが仕えるに足らぬと思えば、家臣は堂々と辞めて他家に仕官するは当たり前の時代で、家臣に領地や
恩賞をくれるから領主で、その約束が当てになりそうもないと思えば、平気で裏切る。

戦国最強を謳われた武田軍とて、最後は信長徳川軍に追われ、天目山で一族共に自害している、裏切るもの続出で哀れであった、信長がもっとも恐れた、武田信玄の末裔の最後を、家康と信長はどう感じたのか・・・・さすがに武田勝頼の頭蓋骨を金箔にして酒を飲むということはしなかっただろうが・・戦国大名というものの最後はかくなるものかと思い一滴の涙を流す慈悲が信長にあれば・・・・本能寺はなかったかも。

大名の決断は大きく その大きな例が、関ケ原の合戦であろう、毛利は領地保障の家康の約束を反故にされ領地は120万石から30万石ちょっとに減らされ、土佐の長曾我部は毛利が動かないので、動いても毛利に背後を突かれてはと黙って見ていたら、領地全部没収の憂き目にあった


家康は天かがかかっているので空証文は幾らでも書くだろうし、戦国を渡って来た大名たちにもそんな事は百も
承知の筈であっただろうに、人間の心は欲に弱いというべきか?戦国大名たちにとって大事なのは目の前のチャンスであり、それの一瞬の判断であり、毛利元就ならば、尼子経房ならば、信長ならば 信玄ならば、躊躇することなく、東軍に襲い掛かったであろう、勝利の立役者であり、発言権も大きく、天下も狙えたかもしれない

そういうチャンスは二度と来ないものである、例え、毛利が動かなくとも、小早川の裏切りがなければ、勝敗はわからなかったが、黙って見ていた、毛利、長曾我部はどっちが勝っても無傷とはいくまい、長曾我部だけでも動けば勝敗はわからず、黙って見ていただけで、全部没収で山内家にとられてしまった長曾我部のトップは死んでも死にきれまい やはり、先代が亡くなり、後をついだ次男が凡庸であったということか?

黙って座ればぴたりと当たる占い師ならともかく、黙って座っていただけで三十万石を奪われた息子としては死ぬしかなく、大阪城に入り元家臣と共に討ち死にした、父親が徒手空拳で一度は四国全土を支配下に置き、それを関白に攻められ土佐一国に押し込められたが、それも奪われるとは・・物凄い後悔であり決断の遅さに夜も
眠れなかったろう、、島津征伐で死んだ嫡男ならとか、言う者もいたろうし、辛い所である。

それは毛利も同じで、毛利輝元は凡庸であるというのは知られており、この合戦で石田三成方にくみした大名は
悉く、没収か大幅削減であり、無傷だったのは島津だけである、来るなら来いと和戦両様の構えを見せていた島津に家康は譲歩した。ならば、毛利にも出来なかったのか?何も幕末まで待つ必要はなかったであろう、石田の敗北で決着はしたが、毛利が抵抗すれば上杉も抵抗するだろうし、豊臣は健在だし、再度、戦乱があれば、家康も困ったであろうに。

関ケ原以後、徳川の天下は固まりつつあったが、二代の秀忠は凡庸であった為、家康が死ねば、先は怪しい天下であった、イノシシ武者の福島は加増されて50万石級の大名になったが、豊臣滅亡の後、難癖をつけられ、開城となり、流刑された、大坂落城の折、真田幸村の大活躍を聞いて何を思っただろうか?

豊臣恩顧の筆頭と自負していた己が何もせず眺めて、最後は改易で切腹もせず、抵抗もせず、決断を誤ったと思ったことだろう。関白に詫びたか?石田三成にそれ見たことかと言われても何も言えまい、やはり、自分はイノシシであったと配流の地でぼんやり過ごしたか?本当は自分が真田の立場になっていなくてはと涙を流したか

肥後の加藤家も清正が死んで、大坂落城の後、難癖をつけられ、改易となっている、どのみち、この二つは落ち着いたら改易に持ち込む腹であったと思うが、福島は予感していただろうか、恐らく、落城の後では予感があったかも知れないが、清正ほど明快ではない、清正は生きていれば、大坂落城をみすみす、黙って見てはいなかったであろう、家康が大阪攻めにとりかかったのは清正の死後である。

清正の嫡男にも父の心はわかっていた筈で、家老たちがお家安泰の為止めたか?嫡男では父親と違い、名声落ちるので、大坂の応援は無理と判断したか?しかし真田幸村とて、全国的には父昌幸に遥かに劣る知名度であった、

ここで福島、加藤の両家が秀頼の方につけば、大阪の陣は大きく変わっていたであろう、人質の問題はあろうが、ここは万難を排しても大坂方に加わるべきであった、改易となれば家臣も浪人であり、その頃は戦国の波をかいくぐって来た歴戦の猛者が大勢いただろうに。

歴史上、トップの決断の誤りで最大なものはどれか、日本陸軍はさておき、それは奥州、藤原三代の後継ぎであった四代目、藤原泰衡であっただろう、鎌倉の頼朝が攻めて来た時は、義経を総大将にして守れと三代秀衡から託されたのに、頼朝の奸計にはまり、義経たちを討ち果たし首を鎌倉に送ったのに、攻められ、約束が違うと抗議したが、結局、大敗して逃げる途中、家臣の裏切りにあい殺された、頼朝は裏切った家臣も殺害した

元々、黄金の国、奥州を手に入れようと考えていた頼朝は、まずは戦上手の義経を排除してから攻める積りで
泰衡に空約束をしたのだろう、義経が大将で17万騎と言われていた兵隊がおり、土地勘もある相手を攻めるのは容易ではなく、損害も大きいと思い、泰衡を調略したと思う、戦だけはうまかった義経が指揮をとっていたら
鎌倉も難儀しただろうし、勝敗はわからない。

トップの決断が藤原三代の栄華を灰塵となしてしまった、おまけに泰衡は額に8寸釘を打たれ、首は鎌倉に送られた、後で平泉の金色堂の中に三代と一緒に眠っているが、ドクロには額に大きな穴が開いたままである、そして鼻と耳はそがれている、奥州全部を失った決断は己の顔の傷だけではすまないものがあろう

歴史で見たかったのは織田信長の天下と黒田官兵衛の天下である、織田が天下をとつたら、どういう世の中にしたか、鎖国はないだろうし 世界と交易をしただろう、キリスト教は盛んになったと思う、息苦しい世にはならなかったでしょう 庶民にとっては。ただ 毛利を攻めた後、どれくらい毛利に残すのか?四国や九州はどうしたか

譜代の家臣と言えど、過去のことを持ち出し追放するような主君に最後まで皆がついて行くのか?家康だけは領地が定まっているが、後の家臣は切り取った場所を与えるという方式では落ち着くまい、明智光秀がいい例で
僻地に追い払われ、最後は使い捨てかと家臣たちが思っても不思議ではなかろう、

柴田勝家は筆頭重臣だが、昔、弟について信長と敵対した、そんな事を持ち出して首にするかも知れない、マア
柴田権六は信長の天下 即ち、息子たちの世を脅かす存在ではないので安泰かも知れないが、秀吉と明智は
わからない 嫡男はともかく、後のボンクラ息子たちとうまくやっていけたかどうか?

家康とてわからない、北条と組むかもしれないし、信長の天下は無理であったような気がする、天下布武の決断は素晴らしかったが、あまりに有頂天になりすぎた、彼は位階、称号を天皇に返している、天皇に認めてもらわなくても自分は最高位だと自負した、彼は宣教師などとの会話で、世界は広い、自分は神聖ローマ皇帝と同じか
神と同じ、万能であると思い、将軍、天皇などは天下取りの道具くらいにしか考えていない、間違っても彼等よりは下ではないと。 他の武将たちとはレベルが違いすぎるのも天下取りには困難だったかも。

黒田官兵衛の天下が一番、世の中には良かったのではと思う、地下牢で明日もわからない日々を過ごし、彼はキリスト教に改心したのだか、息子たちには無理に進めていない、妻は仏教徒のままであった、彼を地下牢に入れられる「本当は荒木に殺してくれと頼んでいるのを荒木が地下牢にした」破目に追い込み、人質の息子まで信長に殺される寸前までなったのは、すべて、前主君の裏切りであった。

しかし黒田が大名として凱旋し、故郷の播磨に帰った時、前主君の御着城主は逃げてどん底生活を送っていた、それを黒田は許して、信長に゛命乞いをして彼の息子の生活が成り立つように算段している、当時としては
まことに慈悲深い武士である、今でもそういう人間を許す人はほとんどいないだろう、

まさにキリスト教徒の鑑と言うべきか、彼のような人が天下人になれば、大きく変わったであろう、彼は側室を置かなかったので嫡男は一人で長政しかいなかったのに、前主君の代わりに信長に人質に出したのである、それを抹殺されるような裏切りをした人間を許すとは、幾ら、称賛しても称賛しきれない、主君が主君たらずば、臣、臣足らざるが普通の時代にである

ただ、人として使えるならば、明智光秀か石田三成も悪くはない、両人とも天下人しては足らないし、明智の天下人では常識すぎて面白みはなかろう、秀吉 家康の天下よりは良かったかも知れないが。石田は頭が良すぎて槍だけしごいて自慢する武者がバカに見えてしまうのだろう、話が合わないと言うか、そんなイノシシでも話が合わせられた黒田如水には適うまい。

光秀は領民を大切にして、結婚も疱瘡で酷い顔になった姉娘との縁談を親が替え玉の妹を送って来たのを、彼は顔ではない、と妹を返し、姉を嫁に貰い側室もおかなかったと言うから、黒田に勝るとも劣らない情のある男で
欠点は天皇とか将軍とか昔の権威を大事にし過ぎ、大改革は難しかろうという点だけで、主君として仕えるには
問題のない男である、いきなり、切れて刀を振り回すタイプではない。

石田三成も、己の欠点はわかっており、戦上手の名将、島左近を家老に抱えた、石高の半分をやるからといって
くどいた、島左近もその厚遇に感謝して石高半分は断ったが三成の参謀になった、三成に過ぎたるもの二つあり
佐和山の城と島左近と謳われた、勇将を集め、城内も三成に心服しておればこそ、劣勢であっても小早川が裏切るまでは奮戦し、勝敗がわからないほど、頑張ったのであろう。

光秀は主君殺しと戦前の教科書では足利尊氏と同じくらい評判を、悪くされていたが、誰かが信長をやらねば
自分たちが危ないとは、本願寺や比叡山だけではなく、信長の諸将も感じていた筈で、光秀が貧乏くじを引いたと言う所でしょう、戦前の教科書では信長の天皇無視などは書かなかったし、主殺しだけを大きくした、徳川時代から続いているバカ殿でも忠節を尽くすのが武士道であり、天皇にも忠節につながるから出ろう。

聖書に蒔いた種は刈らねばならないとあるが、秀吉の朝鮮出兵で、完全に武断派の福島加藤黒田たちと、文治派の三成たちとの亀裂は決定的になった、マア、戦に出ていれば、命の危険も大きく、勝利しても領地が増える
見込みもなく、何の為に戦っているのか懐疑的にもなる、それを監視役の三成たちに関白に告げ口をされたのでは腹も立つ、豊臣家、滅亡の種を蒔いたのは外ならぬ秀吉である。

天下人になりそうな人間に仕官して、上を目指すのは悪くはなく、それこそ戦国時代のだいご味かも知れないが
凡庸な主君に近づいて謀略を用いて、主家を乗っ取り大名になるのも戦国時代、例は美濃の斎藤道三、北条早雲などがある、マア、最後は家康が天下を拾って将軍になったが、あまり 魅力のある男ではない、

信長に武田と内通の疑いありと正室と嫡男を殺したのは何とも情けなく、これが光秀か黒田であれば断ったであろう、如何に戦国の世とは言え、家臣でもないのに這いつくばる姿は今の日本と米国の関係かも知れない、

それにしても異常に暑かった夏の日、再度、厚顔無恥のマッチポンプ夫妻をオリンピックまで見ることになりそうだが、国民の多くは勘弁して欲しいと思っている筈だ、利権や出世にありつこうと思っている人間はいざ知らず日本の美徳のかけらもない、この夫婦のタラップを上がる姿を想像すると、眩暈がしてくる。

この前の阿部マリオの美とは程遠い、まずい顔をよく出せたなーとその厚顔には敬意である、美しい日本と絶叫していた手前、美しい日本の代表である阿部総理を全世界に再確認させたかっのかなー、なおかつ、今回は厚顔では負けず劣らずの東京知事とタッグでオリンピックである、この最大の見せ場がある限り、何が起ころうと
何を言われようとその地位から降りることはなかろう。

今、文部省の不祥事が取り上げらているが、他の省は不正や疑惑はないかと言うとそんな事はなかろう、これからは国民の間では阿部の友達だから大丈夫だ、阿部の友達でないから逮捕されたのだろうという選別で噂されていくことだろう、美しいなー日本は。戦国時代のトップは辛いけど、現代の国民も辛いよ、支持もしていないトップを辞めさすことも出来ないシステムでは・・・夏は熱いが国民は醒めている。はっきりとわかっている事は失敗したら一族郎党腹を切る戦国時代と同じであったら、日本の政治家は誰も手を挙げないだろう。



オーム幹部死刑執行と最高幹部M刺殺事件の闇 154話

つい、先ごろ狂祖麻原と幹部たちが数人、死刑執行されました、後の幹部たちも、そう遠くない時期に執行されるでしょう、残念な事は最後まで麻原に狂信していた幹部と、冷めた幹部がいたのに同じ日に執行とは配慮が足りないと思いました。麻原の呪縛から解き放たれた人間と来世も狂祖と一緒と望んでいた幹部が何で同じ日なんだと疑問に思ったのは私だけであったのか?

どうせ死刑なんだから同じだろうと思われる人も多いでしょうが、素直に自白を始めた幹部がいたから、少しは早くに解決の方向に向かったと思います、幹部たちが麻原と同じに沈黙して、意味不明のことばかり喋ったり、麻原の最初の言動の如く、弟子が全部、勝手にヤッタ事だと幹部たちも認めてしまったら、麻原は死刑にはならなかったのではと思う。

無論、自白も証拠もなくても世論が許さない環境にはありましたが、麻原も弟子が自白しないだろうと思っていたのが行動隊のリーダーだった幹部のIに法廷で批判されて、もはや、これまでと意味不明の狂態を晒すことで逃げ切る作戦に出たのではと。

マア、誇大妄想狂の麻原が死刑になるのは仕方ないことですが、何の霊感もカリスマもないこんな男に何故に
前途有望なる若者たちがつかまってしまったのは本当に残念なことで、親たちが麻原に負けたのは何処に原因があったのか・・・

規模は物凄く小さかったのですが過去にイエスの箱舟事件と言うのがありまして、よく似たところはあった、被害者;は若い女性ばかりで、教祖;「引率者か指導者が適当か」は冴えない、普通のおじさんで彼女たちは聖書を読む研究会の仲間みたいなもので、一緒に暮らしていたのを親たちが娘をとられたと騒いで取り返しに来た。

これが騒動になり、マスコミも規模が小さい宗教団体?;なので面白おかしく報道した、が、元々は現世利益に執着する親の生き方に疑問を持った娘たちの反抗というか、正しい生き方は別にあるのでは思った子供たちを親が説得できなかった点にあるでしょう

韓国にある怪しげな教会も、ツボを売ったり有名人を広告塔にして大きな社会問題になりましたが、これも似たような構図で、日本は戦前にひどい事をしたから懺悔して正しい生き方をするべきだと洗脳して集金活動に使いました。イエスの箱舟のとの違いは若い女性がほとんどなのは同じですが、イエスの引率者は集金して楽をする気はまるでなく、聖書のような生き方を勧めるだけで、脱会も入会も自由で強制はないという点でしょう

オームは女性も入りましたが、エリートと呼ばれる若者も入りました、信者には三種類あって、ただの集金対象者
是が一番多く、幹部たちが尊師、尊師などと崇めるのを見て怪しげな薬を飲み洗脳された一般人たちである、麻原にとっては使い捨ての駒に過ぎない集団でしょう。

二番目は、まともに社会に出れば、普通の人達なら羨む地位や金や名誉を手に入れることが出来るだろうエリートたちで何でオームに入ったのか?オームの大臣になりたかったのか?そんなことはあるまい、世俗の栄誉に狂奔する親や世の中に疑問を持ち、日本はこれでいいのか、腐った政治をただすには我々しかいないと思い、目の前にいたのがインチキ教組の麻原であったということでしょうー

世俗の栄誉に執着していた親たちでは、息子たちを説得できなかったのが悲劇で、これから先もそういうことは起きるでしょう、子供が人生に対して真面目であれはあるほど、親子の距離は遠く大きいでしょう、ちょっと冷静に考えてみれば麻原には何の未来に対する霊感も、霊視もなかったことがわかるのだが

麻原の金を盗んで脱走した幹部Oがいた、もし、自分に対して危害を加えるなら坂本弁護士の真相を警察にバラスと反対に麻原を脅かした、無論、そうすれば自分も逮捕されるが、麻原たちのリンチ殺人で殺されるよりはましと開き直ったのだろう・・

当時の幹部たちは知っていた筈で、こんな弟子の盗みも予感できなかった教組を信じていたのか?殺人まで犯してしまったので一蓮托生と思ったのか?イエスの最後の晩餐で弟子の裏切りを予告したのとはえらい違いではなかろうか。

議員になれば、もっと楽を出来る、権力と宗教の二輪車で行こうと議員に数十人立候補させたが、全員落選、これも予感できなかった、まるで未来を霊視出来ない教組 霊験あらかたな尊師が権力の道に進もうとしただけで教組失格である マア、私には狂祖であり、尊師ではなく損師であるから驚くことではないが。

霊視が出来ないから、ハルマゲドンを起こそうとサリンを使ったり ロシア製の軍用ヘリコプターを買ったり、自動小銃を制作したり、まるで漫画であるが、漫画でないのは、それをいい大人たちが支持して実際にやったことで、
洗脳は怖いなーというのが実感である。マア、日本の革命家たちが夢見たことを実行したわけだが、無差別に出来るかどうかが、人間の分かれ目か?

明治維新の前、池田屋で新選組に切られた革命家たちがいたが、風の強い日、御所に火をつけ、慌てて駆け付けるであろう、会津守護職などを襲って天皇を長州に奪還して一気に革命を起こすという筋書きだったらしいが、祇園祭の夜にやろうとした

さすれば、京都の民衆は火事でまる焼け 命もなくなる危険もあったわけで、庶民の祭りも命も彼らにはそれも大事の前の小事と割り切ったか・・・世界の革命家は今も自分たちの行動が絶対なのか?教組も同じか?弟子が勝手にやったでは人間失格か・・・

池田屋の革命家たちはまだ、夢があったが教組たちは逮捕を免れようとの保身の為のサリンであって、一つも
救われるところがない、こんな教組を擁護するかのような評論家や、作家がいたのには驚かされる。

麻原のやった事で救いは一つだけある、それは宗教法人は儲かるということ、二万にも満たない集団で一千億とか、ナン百億とか稼いで、なんら税金も払ってなく、全部宗教活動で逃れる、日本はいい土地はすべて、宗教法人に買い占められるのではと思う、これが一桁違う宗教法人ではどれくらい金を持っているか?

武器も金も土地も女も好き放題出来る宗教法人法にメスを入れるチャンスであつたのに、オームだけが特別悪かっただけであるということにされたのは真に残念であった。議員たちは金と票に弱く、まるで当てにならない

蛇でもネズミでも信じている集団にとっては神かも知れないが、信じていない人達にとっては何の功徳もないし
信じてもいない醜狂集団に、宗教法人だからと好き勝手をやられる民衆にとつては声を上げない限り冬の時代は続くだろう、神仏を看板にした拝金集団に。

三番目はバブルに酔いしれ遊び狂う人達を横目に、自分たちには何もない、金も地位も学歴もない若者たちにとって未来も知れている、先行き面白くもない人生で終わるなら、何か刺激のある、少しは浮上するチャンスがある麻原について行こう、彼が教組であろうと狂祖であろうと関係ない、

正大師とか呼ばれる高位にはなれないだろうが、平凡で何の刺激もない人生よりはと選択したのだろうが、・・・まさか、殺人狂集団であったことに気が付いたが抜け出すことが出来なかったということか?自分たちも犯罪に手を染めてしまったので毒を食らわば皿までとなったか・・・それが麻原の狡猾な所であり、霊感はないが悪知恵はよく働く男である。

さて、オームの事件でわからない事がある、それはオームで最高位の幹部だったMの衆人環視の中の刺殺事件で、真相は闇の中のままである、やくざものが金で頼まれてやったのだろうが、何で殺されなければならなかったのか??国民にはまるでわからない、北朝鮮がらみの覚醒剤密輸に真相があるとか、当時、噂されていたが・・

ケネディ大統領暗殺事件の犯人とされたオズワルドを白昼 射殺したジャックルビーが、刑務所で自殺する前に話したとされる言葉がある、国民には真相は永遠にわからないだろうと。今、米国の法律で封印が解かれた報告書でさえ、全部が解除されたわけではない、まして、日本の報告書では改ざんもあり削除もあり、権力者がらみの事件では信用ゼロであろう。

しかし、たかがオームの一幹部の白昼刺殺事件が、何も解明されなかったのはどうにも不思議である、解明しなかったが正解ではなかったのか?余程、国家権力にとって都合の悪い事実があったとしか思えない、たかが暴力団の関係する事件で、相手が反国家のオームであれば、もっと積極的に乗り出す筈なのにである。

本当に麻原しか、知らない事件なのか? あの場所でやらなければならなかったのか?Mがあそこにいるのを
知らした人物がいたわけで、Mが中に入ろうとしたドアが閉まっていたのも不思議で、やむを得ず表に出て来た
所を刺殺されたのだが、犯人は逃げもしない確信犯で、どうしてもあの場で殺されることになっていたのか?

何やら、オームの女性が場違いな踊りらしきものを披露していたが・・・・麻原だけが知っていたのか?少しは麻原にも人間味が残っていたか?忠節を尽くしてきた大幹部Mの最後に葬礼舞踊を命じたか・・・・オームで麻原の指令なく信者が勝手に踊る事はあり得ないだろうから。

そして、もう一人の最高幹部だったJが、Mの最後の言葉として、彼は潔白だと言い残したと話していたが、それが本当かどうかも疑わしいが、何の意味なのか、まことにあの場の言葉としては意味不明であった、何で刺されたのか、Mは予感していたのか わかっていたのか・・青天の霹靂だったのか、今となっては司法のやる気にかかっているがーーーー

それにしても、オームを最後まで擁護して狂祖に付き添っていた、Jと最後まで弁護していたA、狂祖の宣伝マンの二人組が、何の刑も打たれず、片や、最高幹部ではなかったものたちが死刑執行され、残りも刑に服して監獄にいるのを見て何か、釈然としないのは私だけなのか・・・・・・

Jは三年ばかり服役していたが、活動に見合う刑であったか?当時は警察のダブルスパイではなかったかとの噂もあった。戦前、共産党最高幹部の一人が警察のスパイであることがわかり、共産党は壊滅した、まさか、あれだけ尊師尊師と妄信していたJがそんなことはあり得ないだろうが。 

過去にはペラペラと嘘八百を並べ、今は狂祖と縁を切って麻原と呼び捨てにしているから自分は関係ない、被害者には申し訳ないが、新しい集団を開設しているから、来たい人はどうぞでは、生きていくのに昔の杵柄を利用しているだけではなかろうか? それこそ、麻原時代の穴倉にもぐったりして、激しく懺悔して生きるのがかっての最高幹部だった者の後半生ではと思うが如何に?

彼の説得や連れ戻しで、オームを離れようとして出来ず、今は監獄か黄泉の世界に旅立った仲間たちを思えば平然とと似たような世界で、人の上に立ち説法出来るのは奇怪である、過去にテレビが脱会しようとした幹部をJが、仲間が待っているとか大声で絶叫して連れ戻そうとしていた場面を放映した。

あれから大分経つのに何故かあの場面が今でも忘れられない・・・・彼が死刑執行されたからではなく、あの時、彼の苦悩が心に響いたからだと思う、戻されたのか、戻ったのかわかりませんが親の胸中や如何に・・絶叫した方は残り、幹部は黄泉の世界に、・・・・加害者の立場にあるので御両親は声を出すことは出来ないでしょうがーあたら、好青年を無残なり、合掌であります。


私が知りたかった本当の事実 それは何度もロシア 北朝鮮などを訪問していたH死刑囚の目的など、闇の世界の事を書いたものがあるなら見たいが、もう執行されてしまったので無理か?もし、最後の真実を書いた遺言みたいなものがあったとしても、権力にとって都合が悪ければ、のり弁か、削除されたものしか世に出てこないだろ

数日後か数か月以内に執行されるとわかっていれば、死刑囚たちも本当の事を書き残す可能性があるのだが
又、それしか、真実が漏れるチャンスはないと思うが、マア、やらないだろうなーー権力者たちにとって真実は
どうでもよく、又わからない方が都合がいい場合もあるので書いた紙が本物かどうか?世に出るかどうかも未定
である。

ケネディ暗殺の黒幕を知っていた可能性のあったジャックルビーの言葉、真実が国民にわかることは永遠にない・・・この言葉が重く迫って来る、オーム事件も同じなのかも知れない、あれだけの大金は何処に消えたのか麻原の影の女であり、金庫番と言われた女性幹部のIはどうしているのか?テレビによく出ていた美貌の信者たちは後悔しているのだろうか


あれは過去の話だからとか、もう済んだ話だからと沈黙して、都会の闇に消えてしまっては又 新たな犠牲者が出るかも知れないし、どうして、あんな怪しげなデブ狂祖を信じて誇らしげに?テレビに出ていたのか?それに刺激されて入信した者もいるだろうし、詳しく話せば参考にはなるだろうに、

こんなわけでオームに入ってしまい、後悔しています、厳しく懺悔して自分のような人間が出ない為に全部話しますと言ってくれればいいのだが、いつ、何処で誰にどのように勧誘されたのか、そして入信を決めた理由などですが、もう顔を晒したくないか? まさか、今でも活動していて尊師命ではなかろうと思うが。

今回の死刑執行のオーム関連ニュースでは報道されなかったが、麻原が逮捕された時、現金を持っていたことは放送されたが、当時、刻印のない金塊もあったと噂されていたが、それはかって逮捕された自民党の大物議員の金庫にもあったものと同じで、刻印のない金塊は当時北の国しかないと言われていた、意識的に消されたのか?単なる噂だったのか?読者は如何思われるでしょうか? 

メロンと金と女好きの欲深男が地下鉄サリン事件を起こして、大勢の人が死んだで終了してしまうような雰囲気があるが、官僚になったり、金儲けに邁進する我欲の強い人間になるのを嫌って、狂祖の餌食になった正直な好青年がいたことを忘れてはなるまい・・・

私はサリン事件などを起こした幹部たちを擁護する気は更々ないが、あんなところに入らず自分の立身出世だけを考えていれば、人生楽勝であったのに本当に馬鹿な奴らだと非難する気にはならない、少しでも人の為に
なりたいとと思っていた純粋な若者たちが狡猾な狂祖の言動を悪と見抜けなかった事が惜しまれる

世の中を明るく出来る人材であったのにと、スタートが今の平目官僚たちみたいに己の栄耀栄華だけを考えて生きていける人間ならば、間違ってもこんな結果にはならなかったし、親を泣かせることもなかっただろう、そんな立派な考えを持った被告たちを罵倒する気にはならない、狂祖に会ったのが不運であり悲劇の始まりであった、中には不純な考えの幹部もいたかも知れませんが。



今、そしてこれから死刑執行される息子たちを暖かく迎えて上げれるのは、故郷の御両親か御兄弟しかないでしょう、・・・・・被害者が罵倒するのは当然ではありますが、麻原がいなければこんな事件は起きなかった事は確実で、是非 慈悲の心で見守っていただければと思っています

結果として麻原の暴走に加担してしまったが 一流大学に入り、有名な会社や高級官僚の道に進めば親も安心するし、結婚して庭付きの家か、高級マンションでも買って後は出世街道を歩き、老後も安心というのが、普通の親の気持ちであろうし、間違っているわけではない、立身出世もいいのだが、そこには我欲しかない。

他人の事なぞ関係ない、負けた人間は弱いか頭が悪いか、立ち回りが下手だっただけで、弱者に構っていたら
自分の足元が危ない、とにかく、勝てばいいのだという考えに疑問を持ち、どこか、共存共栄も可能な新しい夢を持った人はいないかと探した所、不運にもペテン師麻原に捕まったしまったと言う所でしょう

普通の親とのギャップは中々,埋まるものではなく、麻原が下手な手品と仏教用語で誘い、インチキな夢を見せたので、学園生活しか知らなかった人生経験の浅いエリートたちはのめり込んで戻れなくなったのでしょうー
彼らの理想は間違いではなく、掴んだのが狂祖であっただけで、もう少し、まともな指導者に会えば人生も変わったでありましょう、

天国は自分の心の中にあり、外部にはない、まあ 若い頃にそれを悟るのは中々 至難でしょう、はっきりしているのはあの世に行けば、金儲けは必要なく、銀行もない 肩書も要らない、必要なのはこの世における善行の積算だけである マア ゼロかマイナスの人もかなりいるとは思うが、恥ずかしながら私もマイナスの方であります


新興宗教の教組と言うのは大体、欲深で色魔に近い人と思えば、間違いないのだが、世俗の名利に邁進する普通の人達から見れば、麻原は信用出来そうもない、ただのデブと思い、入信することはないのだが、世俗の名利ではない何かを求めた若者たちが捕まってしまったのは本当に皮肉である、ああ無情か。オームの闇は深い、裁判が終わって結果を見ても、まだ入信する若者がいるとは、・・・・今が闇夜なのか 心が闇なのか


どちらかと言うと裏でオームを支え、暗躍した人間が生きていて妄信した人間が刑場とは世の矛盾を思うばかりである、世の中は地下鉄サリン事件ばかり大きくとりあげているが、それは結果であって何でこの狂信集団が大きくなり、宗教法人法のおかげでお化けになったかの解明がなされない限り、またも起きても不思議ではない。


蛇足ながら ヘッドギアをつけずとも、怪しげな薬を飲まなくとも、厳しい修行をしなくとも人は誰でも真実の世界に行ける、ヨガを極めずとも、普通に瞑想を続けていれば、その人が正しければクンダリニーの覚醒を見ることは可能である、麻原の空中浮揚の写真はインチキだが、それに近い事は出来るでしょうーマア飛んだところで何もならないが。

しかし、そんなことに精力と時間を費やさずとも、己の精神を高めれば人生でやることは見えて来る筈です、仏陀の逸話にこんな話がある、・・仏陀共に弟子たちが瞑想中、弟子の一人が騒いだ、仏陀がどうしたのだと聞くと
私は空中浮揚が出来ましたと興奮して答える、仏陀、曰く それは良かった しかし他の弟子の瞑想の邪魔になるので静かにしていなさいと。

含蓄のある言葉である、それが出来たからと言ってそんなことは問題ではない、ヨガの究極の目的は瞑想であり
タコのような軟体動物になることではない、如何に宇宙と自分が一体になれるかが瞑想の主眼である、今、怪しげな集団に妄信している若者たちは、まず自立して人生の意味をしっかり学ぶことでしょう、間違っても超人を
夢見る事ではなかろう

麻原も外国の有名人と一緒の写真をとったり、釈迦の聖地に座ったり、色々とアホーマンスを見せてはいたがそれは日本の駄目宗教家たちが使った古典的手法で、そうやって己の権威に箔をつけたかったのだろうが金はかかったであろう、どこも信者たちから集めた金なので心は痛まないか。

釈迦の弟子たちのホーリネームをつけられていた幹部たちもそれが、地獄への呼び名になるとは本当にお釈迦様でもご存じないだろうなー仏陀の高弟だったアーナンダ―の名前までつけるとは・・・・・今頃地獄で、閻魔様に釈明しているか すべて弟子が勝手にやったことですと。舌があればの話だが?・・?
 



イライラサッカーと日本人の美意識 153話

過日、ワールドカップで日本代表が、勝ちあがりましたが、それが正しかったのか?あまり、マスコミは騒がなかったが、彼らは新聞が売れ、TVの視聴率が良ければ万歳なので仕方ないか。

美しい国日本、日本は美しいと絶叫していた日本低国総理の阿部閣下の感想はどうなのか?やはり、日本代表は素晴らしい、日本のサッカーは美しいと褒めたたえたのであろうか・・・・

昔、勝てば官軍という嫌な言葉がは流行りましたが、スポーツは戦争とは違う、勝てばいいというものではあるまい、戦争は始まったら何としても勝たなくてはならない、負けて戦争指導者たちが処罰を受けるのは自業自得の
面もあるが。

敗れれば敗戦国の国民は悲惨な目にあう、戦争が始まる前も悲惨で、負けて子供や夫が戦死では
真に救われない・・・・・戦争は始まらないようにするのがトップの役目だが・・・これが信用ゼロだからなー

明治期 最初に野球が入って来た頃、日本の中には盗塁などという汚い真似をするスポーツは正々堂々を尊ぶ我が国の美意識からすれば、あわない、よって反対であるとマスコミも論陣を張っていた

しかし、国民の目を藩閥政権から反らすには、良かろうと支配層が奨励したので盛んになっていった。元々、国民的娯楽の乏しい時代もあって、日本に野球は根付いた。

前回、オリンピックの時、柔道無差別級でフランスの選手が有効をとり、後は逃げまくって勝ったが後味の悪い試合で、これぞ柔道 ビューティフルとは誰も言うまい、マア、フランス国民はどう思ったか知らないが、勝てば官軍か?

先に有効か技ありをとったら、後は投げられないように動き回り時間終了を待つ態度は、審判の警告で最後は
反則負けになる事もある、そういう試合態度で勝っても日本では勝ったからいいのだと思う人が増えたのだろうか?

まして日本は負けていたのだ、情報がなければ、勝ちに行っただろうが非常に後味は悪い、人の褌で相撲をとるという諺があるが、やはり、コロンビア戦は幸運であって、実力通り、セネガル コロンビアが上にいくべきだったと思わざるを得ない。

スポーツは勝負にいかなくてはならない、それで負けたなのなら潔く勝者を称えるべきである、こういう姑息な方法で勝ち上がったチームが、ベスト4とか優勝などははるか彼方でいつになるやらである。卓球も切磋琢磨して
頂点が見えて来た、決して姑息な手段で勝ち上がって来たのではない。

ワールドカップは何が起きるかわからない、強豪チームが一回戦で消えることもあろう、しかし、負けていたチームが他の試合結果を当てにして、戦わないと言うのは他の国ならいざ知らず、日本国代表チームにはあってはならないことで、情けないの一語に尽きる。

戦前の日本のように、勝った勝った、また勝ったで提灯行列をしたいのか?勝てば官軍、何でもいいから勝てばいいのか?それとも、余程、暇なのか要するに騒いでストレスを発散させたいだけなのか?ろくでなしの権力者たちに利用されるたけであろう、

選手たちは自分たちが勝ちたいから、出場しているわけで国民みんながサッカーファンであるわけではなく、国民が是非出てくれと懇願したわけでもない、選手たちの意思で出場して日本代表ということになっている、これはオリンピックでも同じで、全部、選手たちの強い意志で出て代表になっている、

しからば、ああ、これが日本の選手たちか、例え、負けても素晴らしい人たちであったと称賛されてこそ、日本代表であり、美しい日本の代表ではなかろうか・・・・日本国総理殿  マア、政治利用できれば何でもいいとお考えの支配者たちなら何も言うまい。

勝てば官軍の悪しき慣習は明治維新以来、続いているがそれは政治の世界なら許されるかも知れない、しかし
それがスポーツの世界にも浸透して、あのアメフト部のようになってしまった、あれで選手が全部責任をかぶって
しまったら、まだ、そういうやり方は続いていただろう、

土壇場で選手が堂々と告白謝罪したので、悪事が露見してマスコミに叩かれることになったが、勝てば何でも
いいのだとは思っていない人達がいた、日本国民の美意識はまだ健在であると証明された、余談であるが、あの選手の謝罪会見は誠に立派で真摯であり、今までの企業官僚議員の謝罪会見とは天地の差である。上の人間に毒されてきた人間には出来ないであろう。

もう一つ、日本国サッカーは見ていてイライラするのである、他国の選手なら、必ずゴールに蹴るだろうと言う場面でも横にパスしたりして、蹴らない、最高にいい位置になることは滅多にないので、少々遠くてもむつかしくても
外国は蹴る、スピーディな試合になる、セットプレィでしか点が入らないのは見て疲れる。

日本のサッカーはホームラン打者のいない野球みたいなもので、豪快、スピードではなくチマチマ野球のような気がする、そしてサッカーが神の推奨するスポーツとは思えない理由は、、両手を使わず足で勝負するゲームであるならシャツやパンツを掴んで離さないのは見苦しく、それなら上半身裸でやるとか、相手を掴んだらただちにレッドカード―とかにするべきであろう。

マア オリンピックもサッカーも組織が大きくなると政治の世界と同じで腐っていくのは、仕方なしなのか・・・人間の我欲はきりがない、ライオンは必要以上に獲物を殺さない、満腹していれば攻撃はしない、汚い人間が上にいる限り、汚職と不正 きりのない金儲けに邁進するのは当然なのか・・・・そういう人間たちに称賛された所で何に
なろうか???  

誰しも権力に弱く、長いものには巻かれるひとは多い、芸能界もスポーツ界もその点では負けていない、故に
醒めた眼を持ち スポーツだけは正々堂々と戦って欲しいと願うものである、オリンピックではアメリカに負けた女子サッカーだが負けた後の態度は、素晴らしく ああ、これが日本人選手たちなのだと今でもそう思っている人たちは大勢いると思う、

無論、負けたのは悔しいだろうが、命ある限り 再チャレンジは可能なのがスポーツである、泣いても明日はある
全力を尽くして負けたのなら、それがその時点の自分たちの実力である、他に何があろう、その試合 そのスポーツが人生の目的ではなかろう 途中の目標であるかも知れないが、断じて人生の真の目的ではない。

正々堂々が日本のスポーツの原点であった筈で、宮本武蔵のように勝てばいいというものではなかろう、彼の極意は勝つことにあり、正々堂々はない、しかし、宮本武蔵の場合は戦争と同じで真剣勝負で負けたら命がない試合であるから、一概にそれを批判や非難は出来ない、彼の場合は負けたら明日はないのだ、

明日から頑張ろうは命があってのことで、、スポーツは負けたら命がないのか、稀にはそういう国もあるが、日本はどうだろうか。次は努力次第で勝てることもある勝負で汚い勝ち方は、やはり良くないであろう、勝つにも負けるにも爽やかさはあるべきで日本人の美意識は消えてしまうのか?汚い、政治家たちの勝てば官軍の世界に毒されてしまったのか?

日本国民が全部、人の褌サッカーを認めているわけではなく、恥じている人もいるというアピールを世界に向け
日本人の美意識は勝てば官軍の政治屋とは違うと、何も言わないマスコミや政治家たちに代わって声を発信
する次第である、例え 少数派であっても正しいものは正しい、美しいものは美しく 日本のスポーツはかくあるべきと思う。

金王朝とヒットラー152話 日本では拉致被害者救出が最重要

今、もっとも私が懸念し 心配しているのはトランプ政権が金王朝を認めて、不確かな核放棄に同意した時、これから平和を維持するには日本からの戦後の賠償金が不可欠であると、金王朝が叫び、それをトランプも同意した場合、美しい日本の総理はそれを断れる器量があるのか??という疑念である。

トランプにとっては自分の懐が痛むわけではないので、核とミサイルに使用するのでなければとOKするであろう
拉致問題は賠償の後で北と日本で話し合えと言われた場合、何が何でも拉致問題が先だと押し通せるのか?
もう、解決済みの問題をいつまでも主張してアジアの平和を妨害しているとか金王朝は言うだろう。

どちらかと言うと人種差別主義者ではないかと米国でも思われているトランプが、本気で米国民でもなく白人でも
ないアジアの拉致被害者の為に全力を傾けるとはとても思えないがどうだろう・・・・

自分の後半の選挙に役立てば良しと思っているだろう大統領にとって米国の安全が確保されるような核放棄が可能であれば、取りあえずは成功であり、完全な核放棄でなくとも、平和的解決に努力したと見られれは満点でなくとも可であろう。

最近までトランプ大統領と私は一心同体の関係にあるなどと公言していたが、そう思っているのは本人だけで
日本国民もワシントンもゼロに近いだろう。一心同体の関係のトランプが一方的に関税を上げ、自動車にもと言っている、

他の国は対抗措置をとると公言しているのに日本だけは沈黙で、ひたすら、大統領のお情けにすがって関税を下げていただく積りなのか?完全に米国の属国と一緒で盟友とか、同盟関係なんて恥ずかしくて言えるものではない。ただトランプの言いなりに何でもしますではなかろうか?

元々、本当に一心同体の盟友関係であったなら、困っている友の為に拉致被害者を返さないなら、航空母艦も
ミサイルも飛ばすぞと北に圧力をかけれた筈である、拉致問題は昨日、始まった事ではない、歴代大統領も知っていて被害者の家族を招いて政治利用はした。

それが米国本土にも届くミサイルや核の開発を北がやりだしたら、大きな軍事圧力をかけ、本気で攻撃するような事態になり、北は恐怖して怪しげな核放棄を言い出した、日本の盟友の為にはやらなかった。経済封鎖で北は屈服したわけではない、ソ連や中国、その他にも北と仲の良い国は多い

元々、自分さえ満足なら人民はどうでもいい独裁国家に効き目はない、御用マスコミは効果があるような提灯記事を載せているが、日本の圧力などは内心、歯牙にもかけまい。そして米朝会談は、核開発が米国に届かなくなるだろうという、十年前に戻るだけで、あくまで米国の為の会談である。

拉致なぞは多くの米国民にとって脅威でもなく、戦争にならなければ、核ミサイルが飛んでくる可能性がなくなれば、トランプは歓迎され、次の選挙も大丈夫となろう、会談は怪談だと私は思っている、悪人たちの大はしゃぎを
見る気はない。北の開発目標は、次は潜水艦だと思う 地上に金王朝があるならば。

米国は米国 日本には日本の事情があると安倍政権が、米国の意向に背いてあくまで、拉致された人間の完全帰還がなければ日本は協力出来ないと言えるとは残念ながら、国民の大半は思っていないだろう。鮮半島の非核化と平和の為に涙を呑んで同意したと言うような猿芝居をするのではと懸念している、マア前段階で、御用マその時は朝スコミをフルに動員し、国営放送に仕方なし 総理は良くやったの提灯記事を出すだろう

非核化とICBMの廃棄は、あくまで米国に届かないと言うだけで、日本にはいつでも届くし、ソ連も中国も持っているのに中距離ミサイルまで廃棄しろとは米国も言うまい、それでは無条件降伏と同じで軍隊なき国家になれというようなもので、金帝の面子もたたず、軍隊なき日本なら言えるかも知れないが、かなりの兵器と軍隊を有している今の日本では説得力がなかろう。

今まで嘘ばかり言って来た国の事ゆえ、核を放棄したと言っても米国の力が衰えれば、実は隠し持っていたと言う可能性の方が大きく、掘立小屋を破壊したとて、別の所にあるかも知れず、金帝国が崩壊しない限り、真実は
わからないだろうと国民の多くは思っているのではなかろうか?

そして、自国民にも極悪非道なことばかりしてきた金王朝が、自分たちがかってに保持してきた核兵器を完全に放棄したとしても「多分しない」それが過去の免罪符になるのだろうか??日本では殺人の時効は撤廃された百年前の日本帝国時代の犯罪や非道を声を大にして韓国も北も叫ぶが、つい最近までの北の非道行為はどうなのか?権力者が握手をしたのでなしになったのか?

日本帝国時代の非を鳴らして騒ぐのは、北は政治利用で賠償金を、南は日本が反論できないので溜飲を下げる
事が出来るので、完全に世界で日本に優位に立つまでは叫ぶだろうし、反日銅像も建てるだろう。

キリスト教徒が多いと言われている韓国で遠い過去の事をいつまでも騒ぎ、目の前の脅威であった北には平身低頭外交でやってきたのは、やはり、日本と同じで声の大きい人間に日本よ謝罪せよ、言わない奴は非国民だと怒鳴られ肩身の狭い思いをするよりは沈黙したほうが楽だからなのか?

つい、最近まで突然の約束やぶりも多く理由も言わない、突然の砲撃とか、完全に韓国を馬鹿にしているではないか?同じことを日本がしたなら、謝罪と怒号の大合唱ではなかったか?やはり同じ民族だと思っているからなのか?無論、北の主導で統一されたら平壌第一であり、先はどうなるか、誰もわからないだろう。文政権では迎え入れるかも知れないが。

暴力団が自衛の為に機関銃を大量に製造、保持して近隣を威嚇していたのが、これからは一般市民として生きるから、その生活保障をしてくれるなら、機関銃は廃棄しましょう、過去の罪はなしにしてくれ、しかし、拳銃くらいは保持してもいいだろうというようなもので体質は変わらない集団を同じ市民として迎え入れるだろうか・・・・・

是だけ信用出来ない国に、大きな戦後賠償を与えれば何に使うかわからないし、誰も人質になってまで検証にはいかないだろう、米国民の場合は最後には助けてくれるだろうが、それでも得意のスパイでっち上げで廃人に
される可能性もある。まして日本人では向こうのイエスマンにならない限り、帰って来れないだろう。

自分の兄や叔父も無残に殺してしまうような男が言う平和体制のどこを信用していいのか、本当に疑問である何も変わっていないのだ、米国を攻撃可能な兵器を中止すると言うだけで、本質は不変である。マア、こちらも信用ゼロの阿部王朝とトランプ王朝で、あるからいい勝負か。

戦争にならなければいいと言うが、ほんの少しの先延ばしではより酷くなるだろう、金だけとって金王朝がもっと大きくなり拉致問題も終了 そしてすぐに恫喝と戦争準備では日本国民としては泣きたくなるというものだ。ヒットラーが満面笑みを浮かべて、これからは平和で行きましょうと言われ、喜ぶ人間は大バカ者と言われるだろーー

それは我々が歴史でヒットラーの正体を知っているからであって、独裁者がヒットラーでない保証はどこにあるや?戦前も経験豊かな欧米の政治家たちが騙されてきたのだ、今の政治家たちが戦前よりも賢い人間ばかりだと思われるや?ヒットラーとスターリンとムッソリニーが平和会談をすると言えば、平和は近いとおもうや。

当時の英国首相はチェコの一部を寄こせ、さもないと戦争だと言うヒットラーの恫喝に屈して、その領土をヒトラーに割譲し英仏イタリアドイツと平和条約を結んだ、ヒットラーもこれ以上領土を要求することはないと言明
英国首相チェンバレンは、これ以上 ヒットラーも暴挙はしないだろう、これで平和は守られたと国民の熱狂的
歓迎を受ける、

読者の皆さんはそれからすぐにヒットラーがチェコを併合して、ポーランドをソ連と分割占領して第二次大戦が始まった事はご存知ですね。平和条約は次の戦争準備の為の高級紙に過ぎないと豪語していたヒットラーを尊敬していると言っていた金王朝のどこが信用できるのか?束の間の幸せの為に未来を危険にさらすのは如何

暴力団員が裁判で刑を宣告され、反省して、出所後、もう二度と悪事はしまいと一市民として静かに老後を送ると言うならともかく、刑も受けず、悪事は全部部下のせいにして金城湯池の生活をしてきた人間の何処を信用するのか?再度いう 人間は変わっていないのである、不信の権力者たちの握手とオリンピック騒ぎに騙されては
なるまい。

米国第一のトランプの米国だけ安全の不確かな平和条約で、拉致問題が置き去りにされたら、あまりにも拉致被害者が可哀そうである、恐らく、金王朝が崩壊しない限り、これが最後のチャンスかも知れない、米国民が今の日本と同じように拉致されていたら、直ちに米国民は怒り、金王朝も慌てて帰すだろう。

日本に力がないからなのか?金はあるのに指導者が駄目なのか?小国の悲哀か 本当に悲しい、本当に必死に解決に努力したのか? 過去に拉致問題は私の最重要課題で、私の代で解決して見せると大見得を切った権力者がいたが、今は何をしている人かなーマア、相当、面の皮が厚くなければ外を歩けないと思うが。

過去にソ連のプーチンとは良い関係を築いているとアドバルーンをあげ これなら北方領土の解決も近いだろうと国民に期待を持たせるような提灯記事を、御用マスコミに流したが、何のことはない、プーチンに金だけとられて領土は一ミリも進展なしであった、

何の為にソ連に飛んだのか、まったく税金の無駄であった、まだ鈴木宗男氏の方がはるかにましである。しかし、当時のマスコミの批判はゼロに近かった、これでは外遊に行きたがるのも当然か、失敗をしてもカバーしてくれる従軍記者と一緒なら。

やたら、米国詣でを繰り返しているのは不安の表れであろう、拉致問題は金王朝と話し合え、言うだけは言ったがそういう返事であったと言われたら、何としても将軍様に貢物を山ほど出しても何人かでもお願いしますと平身低頭しかねないだろう。拉致問題の提起だけでは駄目なのだ、完全解決を日本の為にトランプが迫ると思うや?

いつも責任は私にあるとか、何とかかっこをつけているが、これがゼロであったらどうにもならないだろう・・国民にとって総理を辞めれば済むような簡単な事ではない、文字通り切腹ものである さて、諸君はどう思われるや私は美しい日本の総理であるから責任をとり、。腹を切って全世界に日本の総理は違うと言わしめると思うがな

今や、三選どころではなかろう、国民が頼んでもいない憲法改正にかける情熱と努力の半分でも拉致問題解決に奔走していれば、まだ救われたのだが、保身の為にトランプにも将軍にも金を出して、解決ゼロとならぬように
この信用ゼロの総理に頼まなければならない、拉致被害者のご家族に真に同情します。

私の予想が外れて全員が帰国出来たら、こんな嬉しいことはありません、その時は私は阿部閣下に土下座して
詫びましょう、本当に予想が外れてくれたらと思います。失敗に終わった場合は、またもや、御用マスコミが助けるでしょう、平目官僚も忖度して、総理は頑張ったとかの声援を送るであろう。

拉致された人達の完全帰還であり、そうでない人の帰還は今回の主眼ではない、帰すとまずい人物はダメで
余計なことを言わない、言わせない人達の帰還では認められないとはっきり、将軍に言えるかどうかであろう
マア、外遊がお好きな夫婦なのだから、平壌に永久滞在する積りで行かれたらどうか、私たちが残りますから
拉致被害者全員を帰国させてくださいと。

国民は議員を減らせ、参議院もなくしてもいいと思っているのに、相変わらず、自分たちの利益ばかりしか考えていない酷会を見ていると、美しい日本だとか いい国だとか言っているのはそう言う連中の利権にたかっている
人ばかりではないか・・・無名でも真面目に働いている国民に良い国でなくてはなるまいに。国は中身のない創られたスターやアイドルで成り立っているのではない・・・・拉致された国民も救出出来ないような国が素晴らしいとはとても思えない・・・ 

独裁者二人が高笑いして、拉致被害者のご家族たちが泣く結果にならなければいいのですが、何度も阿部が
トランプに電話したり、会談したりしているのは、自分の顔が立つような発言をしてくれとお願いしているのでは
なかろうか⁇⁇、阿部に頼まれて厳しく金帝に言っておいたからといって、それが日本国総理の免罪符にはならない

他の日本国総理なら、そうか、駄目だったかで少しは通ることもあるが、長く総理をやり三選も考え、暇もない筈なのに憲法改正までやろうとしている安倍晋三では許されまい。拉致問題は最重要課題であり、私の代で解決して見せると大見得を切った大根役者の花道は奈落でなくてはなるまい。

トランプ大統領の得意のセリフ、見てみよう、駄目だった場合、御用マスコミがどんな記事で誤魔化すか?厚顔総理がどんないいわけをするのか・・・たとえ、非核化が成功してもそれは米国の成果であって、拉致被害者の完全帰国がない限り、日本の成果はゼロである・・それで金だけとられるようでは何を況やである

梅雨空は仕方ないが、梅雨の雨より多くの涙を拉致被害者の御家族が流すことにならないように説に祈っています



阿部酷会とアメフト騒動を見る日本国民の不幸 151話

最低の総理大臣を頂いている日本国民としては、まだ、アメフト騒動の方が少しは救いがあるのではと思うのは
私だけではないと確信しています、それは一選手が顔と名前を出して、正直に謝罪と告発をしたことにあるでしょう

たしかにやった事は悪いでしょう、そして自分がやらない選択肢もあったでしょうが、さすれば、そのままの独裁体制が続き、他の誰かが犠牲になった可能性が強く、そして再度、日本一になった場合の方が恐ろしいですね。監督は増々、自信を深め恐怖の体罰やしごき、犯罪的行為を選手たちに押し付けたかも知れない。

その時はやらされた選手は自分で全部、被るか、被らざるを得ない状況になったかも知れない、人事と金を握る
監督の恐怖、独裁体制はもっと強固なものになり、今回が民主的な体制になる最後のチャンスであったかも知れない、米国から来たスポーツなのに、どうしてか、日本では軍隊スポーツとなる、戦前から今に至るまで鉄拳制裁や異常なしごきは体育会系では当たり前である。

上官に逆らえない軍隊と同じ規律を監督は求め、選手たちもそれを許容してきた過去があり、やくざではあるまいし、監督が黒と言えば白いものでも黒だとあるコーチが言ったとありましたが、日本人は作家の故南條範夫氏の説、オール マゾヒストの集団 なのかも知れない、南條氏はそれで武士道残酷物語を書かれたのかと思う。

マア、理事長があの相撲部の監督で今も総監督の人物と聞けば、アメフト監督を常務理事にして好き放題やらして、いまだに何の責任も謝罪もないのも納得である、要するに同じタイプなのである、今回の事件が表ざたに
ならなければ、次の理事長であったかも知れません、しごきと体罰が好きな人間には良い大学でしょう。

日本では国や天皇に奉仕、滅私奉公が当たり前であった戦前から、戦後は個〃の独裁者に奉仕するようになった、北の独裁者の如き、大きなものではなく、会社、大学 軍隊 警察などのそこの独裁者にひれ伏す体制が出来たのではと思っています、その大なるものが日本国総理大臣と言えましょう。

さて、モリカケ騒動も長く続いており、未だに明白とならないのは何故でありましょう?国民にとつてはそばはモリでもカケでも個人の好みで食べられるのですが、こちらの方は不味い蕎麦を食わされているのが現状で、事は
アメフト問題と同じく単純な構図ですが、権力者が絡むので難しくなっているだけでしょう。

アメフトは政治家が絡まないので、多くのマスコミが叩きやすいので下手な言い訳をしていたミニ独裁者が地に落ちたというだけで、カケ学園も日大も独裁者は総理を見習って、表に出る事なく、嵐の静まるのを待っているように見える。

総理は表に出ていると言われるが、小学生のような発言でどうでもいい事を並べて、野党の質問にはまともに
答えていない、まだアメフト幹部たちの方が苦しい言い訳をしていたが、安倍川もち総理よりはましに思えるが
どうでしょう。

よく、私の指示はなかったと証明されていると声を大にして安倍川総理は言っているが、そんな事は誰でも知っている、今時、やくざの親分でもやって来いとか直に子分に言わない、教唆になるからで幹部が顔色を見て下の人間を行かせる、

それが安倍川政権では平目官僚が忖度してやっているだけで、ほとんどの国民はわかっている、それなのに酷会の議員、マスコミも承知していることを大見得を切られても、暫く しばらく 暫く あいや暫くである、それにしても東大を優秀な成績で卒業した役人たちが、何も考えない総理の馬鹿な発言で嘘に嘘を重ねることになろうとは役人も辛い所だが同情は出来ない

日大の選手は全てを失う覚悟で、刑事被告人になっても真実を告発したのに比べ、役人は辞めても退職金もあれば、プライドを捨てれば何かしら仕事はあるだろうし、国民の称賛もあるのに沈黙と虚偽ではあまりに差があり過ぎる、立身出世の為の勉強一筋とスポーツに打ち込んできた青年との違いか

かって雪印の悪事を告発した倉庫会社の社長がいましたが、真実を告発して最後は悲惨な環境に追いやられ
正直者がバカを見る哀しい結果となりました、役人が素早く対応していれば結果は違っていただろうに、大企業を告発するには人生をかける決断がいる、まことに一国民としては申し訳ないと思っています。

何故に正直者が破産しないといけなかったのか・・・・・・・ダメだな―――マスコミは。小沢一郎失脚キャンペーンの半分でもやっていればなーと思うばかりです。

真にそういうことをやっていたのが雪印だけであったのか?マア、そういう内部告発者が出ないように司法も
暗黙の了解があってこの正直な人たちを追い込んだのではと思っています、何にしろ、日本では正義と真実を
唱えるにはマスコミも司法も政治も、自分たちの利益にならなけれは動かないと思って決断しないといけない環境である。

今度の日大の選手にはそんな悲惨な環境にならないことを願いつつ、それらから見れば平目官僚の真実の告発などはほとんど、何の問題もなしである、、バカ殿に頭を下げるばかりの人生が楽しいのかな、その分、下の役人や民間人に踏ん反り返れるから、それでストレス発散か、それが望んでいた人生ならばいいが。

昔 米国映画に栄光何するものぞというのがありましたが、日本の政財官は棺桶に入っても空しいものにしがみついたままであろう、閻魔の前に出て、そのつけを払うことになりましょう、記憶になくても目の前に出されるので
どうしようもない、人間界ではペテンと強権で幕引きが出来る。だろうが・・・次回は厳しい再スタートの人生となるだろう。

歳をとって忖度して損得を考えたか、この猿芝居を毎度見せられる国民にとっていよいよ、権力者官僚は己の保身には何でもやる生き物だと実感である、米国でさえケネディの公文書の全部は公開しなかった、今改ざんされているようでは、日本の公文書は何年たとうが見る価値のないペーパとなってしまったか・・・哀しいな日本人

責任は私にあるとか、真摯にとか、丁寧にとか、言葉だけは並べるが一度も責任はとっていない、北の金王朝と
違い、世襲させる必要もないのにいつまで未練たらしく権力者の椅子にしがみ付いているのか不思議である、もう国民は腐った餅は見たくも食いたくもないのだ、本物の安部川餅ならば、まだいいのだが。

そもそもの原因は小学校の見学に行った、名誉校長であった総理夫人にあるのは明白で、何故にこの怪しげな
人物を簡単に信じたのか?何故に涙を流すほど感動したのか?それはこのK氏が安倍総理も仲間である日本会議とかいう団体のメンバーであったからであろう。

そしてこの会議のメンバーであった議員が役人に問い合わせをしたので、いよいよ、役人たちは権力者の影に
動揺して認可の方向に走ったのではないか、K氏もそうなるだろうと見越して総理夫人を担いだのだが、世論やマスコミの反対気運に、権力の側が沈黙したのでK氏としてはおおいに誤算であっただろう。

仮にも美しい日本と絶叫していた総理が、日本会議の仲間である自分を裏切る事はないだろうと思っていたのが形勢不利になると知らぬふりとは、まだ、人間観察が足りなかったと反省しているかな?私は愛国心とか、日本の為とか、威勢のいい事ばかり言ってる連中の集団はまるで信用していない。

それは戦前の敗戦でよくわかった筈だが・・・武士の末裔とか言ってた軍人たちの戦犯逃れの見苦しさ、国士とか愛国の志士とか豪語していた連中の言い訳、仲間を裏切っておきながら、戦後、権力者たちの心の師とかになった自称国士もいた。、

そして騒がれなければ、そのまま、学校が認可され、今頃は総理夫人もにこやかに学校の行事に参加していた
事でしょう、騒がれ、これは不味いという事で権力者が手を引いたので、困った理事長夫人が総理夫人に窮状を
訴えた所、神様に祈ってますでは漫画以下である。

例え、事態がまずくなっても、最後まで手を差し伸べるというのが日本人の美ではなかったのか?どこが美しい日本なのか、悪党にも義理人情はあり、仲間は見捨てないのが日本の美学であり、白波五人男が今も人気があるのはそこにある。ここで安倍川が夫人の激賞していた学校の理事長だから、例え、総理の座を失っても援助すると言えば、少しは見直したのだが、事の善悪は別にして。所詮は腐った餅であったという事か・・・・・

そして、哀しいことに総理夫人は自重して表に出ないかと言うと、颯爽と一緒に総理と外遊「文字通りの意味」に
行き、他の場所では平然と顔を出し、ペラペラと喋っている、特別公務員が付き人の民間人と言うものは存在するのか?国会で喋れよと多くの国民は思っている筈だ。過日も亭主の勤続表彰にもまずい顔を出していた。

全然、顔を出さないで静かにしていれば、まだ救われるのだが、やはり、出たガリのだろう、そしてそれは総理夫人の肩書があるから大事にされるという事も認識している筈である、余程の鈍感でない限り。居酒屋夫人では誰も寄ってこない、家庭内野党とか言っていたが、夫婦漫才の方がまだましである。

仮面夫婦なのか、マッチポンプ夫婦なのか知らないが、この前、釈放されたK夫婦のように夫唱婦随とは思えぬが・・・それとも婦唱夫髄なのか?余程、国会にだけは出したくない事情があるのか表に出るのが嫌な妻なら仕方ないが、情けなきかな日本の美とは程遠い夫婦像であることは間違いないでしょうなーー

それにしても、世間では立派なお仕事をしていると思われている いい大人たちがが詐欺まがいの答弁をして汗をかいている姿を子供は何と見るか?本当に気の毒になる、お父さんは偉い人を庇って仕方なく喋っているのよと説明しているのだろうか?やはり、下では駄目だ、権力者にならなくてはと反面教師になるのかな

いい歳の部下たちに苦しい答弁をさせて表に出てこないトップの学校がいい学校なのだろうか、とてもいいねとは言えない、仮にも教育機関の学校でこれはないだろうと言うのが、正直な国民の感想であろう、こんな学校の
経営者と何十年来の友達であると公言していたが、苦しい答弁を役人にさせて外遊ばかりしている総理とはいい勝負かマア、類は類を呼ぶと言うべきか。

いつも思うのだが総理答弁の時は、裁判所と同じで、聞いてないことには黙らせる事にしないと時間ばかりが空費されるので質問者が手を上げたら、議長は直ちに黙らせ、時間にカウントしない法律を作らないと、この阿部体制では無駄な時間で税金が費やされるばかりである

日本の官僚や政治家と会う時は、必ず写真かビデオ テープレコーダが必要であるとい事実を国民は知らされたわけで、写真が出ても捏造と言うだろうし、声は自分の声とは確認できないと言うだろうし、信用ゼロの日本は
本当に美しいなーーそれとも美しいのは国土と国民だけで権力者たちは入っていないのだろう。

これだけの時間、嘘ばかりの役人の答弁が不起訴では国民は馬鹿らしくなって増々、政治から離れるだろう、
それが狙いなのかも知れないが、戦前ならクーデータか革命だろう、今の日本では米国の意向を無視して軍は動かない、革命も無理だろう、さすればどういう世の中になるのか、皆、我欲に走り他人の事なんぞどうでもいいとなるだろう。

こんな、自分の友人知人を優遇して、司法も動かない政権のどこが美しい日本をとか、愛国心とかを説き、憲法改正なんだ?米国と財界のいう事と自分たちの利権には積極的に動くが、国民無視の政権がいつまで続くのか

ただ、恐ろしいことに今まで阿部の不誠実や詐欺的言動にも沈黙するか、静観していた与党の面々の誰かに交替したとしても、それは名札が変わるだけで何も変わるまい、国民が望むのは自分たちが大きく不利になっても敢然と政権に物申す、党を割っても信念を曲げない人であり、残念ながらいるだろうか???

そして、今、与党政権を攻撃している野党なら、そんな事にはならないかと言えば、人間、権力と金を掴むと変心する例は見て来た筈で、変心したのではなく元々、そういう人間がチャンスがなかっただけなのかも知れない、本当に議員たちに期待するのは八百屋で魚を求めるようなもので虚しさだけが残る。

司法も駄目となればマスコミしかないが、これも御用マスコミか提灯記事の従軍記者ばかりで、まともに論陣をはるような記者は閉所か飛ばされるだけで、そもそも、何とかいうジャリタレを呼ぶのにメンバーなどと言っているようでは自分たちの 損得に関することには歯切れが悪いが、人の損得には厳しい姿勢ではとても権力者の追及など出来るわけはない。

今、朝日が権力者たちからは煙たがられているようだが、あんな程度の記事に渋い顔をしている権力者たちにはあきれてものも言えない、いずれ、国営放送を筆頭に大政翼賛会マスコミの一員になるだろうと思っている
小学生並みの礼賛記事と野球、サッカーダンスを見せて置けば、権力者たちは満足なのだろうが、そこに少し
辛子を乗せたくらいの朝日のどこが反体制なのかなー

朝日とて、同じような紙面では読売に勝てるわけはなく、自称インテリたちをすしは満足させねば固定の読者も
離れてしまうので少しは反体制を出さぬわけにはいくまい、最後は権力者側につくだろうと思っている。

阿部が岩盤に穴を開けるとか言ってたが、それは友達の為にやっただけで、何で今まで固かったのか?それを
考えれは看板云々は噴飯物とわかるだろう、文科省としては天下りや色んな面で新しい大学を作るのは損ではないのに駄目と言って来たのは、獣医大学は余っている、そこまで無理に新設して金もかかる、他にも理由が
あるだろうが、総理案件でなかったら通らなかったのは間違いないだろう。

かって、田中真紀子大臣が、文科省大臣の時、新設の大学を認可しなかった、無論、、役人の反対で結局は認可されたが、これは田中大臣ならではの英断であったと思う、もう、日本には大学を増やす必要はない、まして天下の英才が集まる大学ならともかく、少子高齢の折にである。
そして私立にも私学助成金と言う税金が投入されている、巷では憲法違反とかいう人もおられる


私立の大学が自分たちだけでやっていけるなら、それはどんどん建てても一向にかまわないが、税金の援助が
ないと困るような大学を増やすべきではない、国立は国民の役にたつ人材という事で成り立つて来たが、私学は
税金がないと困るほどに大きくなる必要はなかろう

金をもらっている関係で文科省には頭が上がらず、癒着も生まれる、そういう文科省が加計を長く認可しなかったのには余程の理由があると思う、それを阿部の一声で変えることが善なのだろうか?土地建物、援助金、それは等しく、市民 国民のものである、最初だけで一切税金が投入されない契約があるのか?もっと市民の声を
聞くべきであろう、、権力者の声は無視しても良いが。

何事も最初の花火だけ景気よく上げ、後は野となれ山となれの長野オリンピックの如く、長く税金を投入してきた
例にならないように、権力者と独裁者にとつては人の金は自分の金 自分の金は自分の金である、徳川時代と
何ら、日本は進歩がないなー政治に関しては。

人に知らしむべからず、寄らしむべし、生かさず殺さず税金をとれる間は、日光東照宮の金ぴかに惑わされてはいかんのだ、彼らの言わんとすることはあの三猿である、権力に関しては見ざる 言わざる 聞かざるであろうよ。

今、日本に多くの観光客が訪れているが、是から日本国民のなすべきは政権は悪いがあの日本人たちなら信用できると思ってもらえるように努力すべきなのかも知れない、政権を変えることが無理ならば。名前が変わって交替しても、それが後退にならなければいいが。

国賊と愛国者は誰が決めるのか?150話

過日 自衛隊幹部がある議員に国賊と呼び罵倒したニュースがテレビで報道され、防衛省が謝罪したようですが、氏名も出ず本人も公開の場で謝罪したとは聞いていないが、これは大きな問題だと思っています。

例え、他人の発言や態度が気に入らないからといって、単純に国賊呼ばわりは間違っているし、そういう人物が
軍隊の幹部として勤務している自衛隊もどういう組織かと?だらけであります。過激な論を唱えるからと言ってその人間性まで否定するのは如何?己の信条が正しいかどうかは中々 難しく後で後悔しても遅いのだ、

戦前、軍艦の建艦競争を押さえるのに米五、英五に対して日本は三と決められ、海軍の強硬派はこれでは国の安全が保てないと怒ったが、時の首席全権加藤大将は幹部を押さえて署名した、

日本の国力で無制限に競争したら、差が開く一方である、そして米英二か国を相手に戦争する愚をしなければ、いいのであって海軍栄えて、国が疲弊しては何にもならない、これは日本の為に良い条約なのだと諭したが、愛国心を燃やす人たちには不評で、結局、後年条約破棄してやたら、軍艦を建造して、飛行機の時代になっても
頭が切り替わらず、敗戦への道をたどることになった。

当時はワシントン条約、ロンドン条約に反対して大声で気勢を上げる人達が愛国者のような気運であったが、後世の歴史が示すとおり、条約にサインして協調路線を歩む人たちこそ真の愛国者であった、条約に反対して割腹した軍人も愛国者であったでしょうが、それが正しかったかどうかは別である、人を判断するに軽率に罵倒するは大人のとるべき態度ではない。

シビリアンコントロールとか言ってますが、一応、民主主義が長い欧米ならともかく、日本では軍の力が強くなれば、今の利権に走っている議員たちでは抑えきれまい、日本の軍隊は米国の意向に逆らう事はしないが、文民統制など、砂に書いた命令書であろう、波が来るまでの命かな。

日本では戦前も戦後もマッカーサー元帥のような大物を首に出来るとはとても思えない、いまはそんな英雄的
軍人はいないが、たぶん、無理だろう、関東軍がかってに動いても東京政府は司令官を首に出来なかった、戦時になれば、軍が最優先で内閣総理大臣と言っても事後承諾となろう。

過去には人を国賊呼ばわりして罵倒するのが得意な議員がいましたが、人間、簡単に人を売国奴呼ばわりしてはならないと思っています。そう呼ばれた人が実は真の愛国者である場合もあるでしょうー戦前、海軍の山本五十六元帥も愛国者を名乗る陣営からそう呼ばれたこともありましたし、命を付け狙われたこともあった。

戦前は英米協調路線を唱えたり、平和路線とか言うと、腰抜けとか大日本帝国は神の国だから負けるわけはないとか勇ましい発言をする人間が愛国者であり、弱気な人間は大和民族ではないと軽蔑された。山本元帥は
海軍の最高幹部会議で、戦争に必要な物資の大半を米国から輸入し、石油も備蓄が一年くらいしかない状態で
どうやって戦争が出来るのかと大臣に詰問した。

ここは我慢して静観が必要であり、国家百年、兵を養うは戦の為にあらずと言ったが、駄目であった、今から見れば米国とは軍需物資の量と生産において、巨象と狼以上の差があるのに正論が通らず、イケイケドンドンの
人間のみが正義であり、愛国者となった、当時でも具眼の士には無謀であり、忍耐が正しい選択であったのに
国賊と呼ばれて、命も危なく唾棄せらるる環境に置かれれば、普通の人は声を出せなくなる。

山本元帥は戦争には反対したが、軍人としては米国相手に何とか負けない方法はないかと真珠湾攻撃に踏み切った。結果として負けてしまい、自らは戦死したが、彼の出身地、長岡藩の家老、河合継之助と同じような運命をたどることになった。

日の丸をふり、帝国万歳 全員特攻だと叫んでいた人達と山本元帥のどちらが愛国者であったか?自明である
が当時は、開戦までは山本次官は勇ましい右翼陣営からは国賊と呼ばれていた、ハワイ奇襲が成功すると愛国者になり、日本の偉人となった。

戊辰戦争の時 会津藩筆頭家老、西郷頼母は主君に速く、守護職を辞するように勧めたが聞き入れられず、朝敵とされた、鳥羽伏見で負けて西軍が攻めて来ると噂された時、将軍慶喜に倣い、抵抗せず開城を進言したが
あくまで戦うことになり、長男のみを連れ城に入った、その間に一族郎党、悉く自決した。

それは筆頭家老のくせに命が惜しいのか、それでも武士かと陰口を叩かれるのを聞き 城を枕に最後まで戦おうとしたのだが、結局、降参して開城となった。すべてをなくした彼は函館まで参戦した、長男も亡くした彼には会津武士の誇りだけしか残らなかった

今も残る会津武士の妻の辞世の句と屋敷は西郷頼母の家族のもので涙なしには見られないものである。会津筆頭家老として会津藩を残す道を考えたのだが・・・・軟弱としか見られなかったのか、会津藩にとって彼は国賊であっただろうか? 愛国者であっただろうか?

勝海舟は徳川武士たちからは腰抜け 武士の風上にもおけぬとか、言われていたが物事はよく、見極めてからでないと、人間の評価も同じである、攘夷旋風が蔓延していた頃、開国なというぞいう輩は殺されて当然であると見られていた、佐久間象山も井伊直弼も間違っていたわけではなく、軽々しく、人を売国奴とか国賊と呼ぶのは誠に良くないと思う。

伊藤博文も若いころは異人襲撃に参加していた、参加しない奴は腰抜けであり、武士ではないとされていたが
外国艦隊に負けてからは開国論者になった、しかし、裏切り者と言われたこともあった、簡単に人を決めつけるのは如何なものかと思う所以である、 

徳川政権が日本の代表であった頃、由比正雪は犯罪者であり、天草四郎は反逆者であった、新選組の近藤勇は西軍にとっては国賊であったが、徳川政権にとっては愛国者である、私も彼は愛国者であったと思う、時代が
悪かっただけである、私利私欲で命を懸けたわけではなかろう、

戦前の信濃日日新聞の主筆であった、桐生悠々は関東防空大演習を嗤うという記事を載せ、陸軍の怒りをかい
新聞社を辞めた、内容は紙と木で出来た家が多い、日本では敵の飛行機が内地に来るようではバケツリレーで
消せるもののではなく、来られた時点で負けであると。実際、日本は予言通りになった、近頃、ミサイル落下の時に備えるとか言ってバケツリレーをやったようですが・・・・歴史は繰り返すか

問題は今なら当たり前の意見でも軍部全盛の頃には提灯記事を書いていたマスコミが多いということで、そういう人達の愛国は、竹やりで飛行機に立ち向かえで、桐生氏は国賊なるや?マア、今のマスコミに桐生氏の真似をしろと言っても八百屋で魚を買うようなものか・・

過去に自衛隊の幹部に社会党が政権を取った時、それに従うかとアンケートをとった所、ほとんどが従わない、、ほんの少数が法律に従うと答えたとありましたが、マア 米国の気に入らない政権である場合、合法であってもエジプトと同じになるでしょう。今の野党も特に正しいとは思えないが、ろくでなしの集まりである政党とマスコミでは何を言っても無駄かな。

戦前、武士の末裔だとか、侍だとか、言って民衆を戦地に駆り立て、負けると部下に責任を押し付け、平然と
世の中を渡ってきた連中の愛国心とかは私には信じられぬ、戦後の敗戦ならともかく、226事件の時、若手将校に罪をかぶせ、自分たちは保身に走った将軍たちや大幹部を思えば、勇ましいことを言う人間には気をつけろ
将軍と若手将校とどちらが国賊なのか?

米国オンリーの言を吐く人間が愛国者ではあるまい、ソ連中国オンリーも同じである、一生表に出ることなく、縁の下の力持ちで終わる覚悟のない人達の唱える愛国心を信じることはない、俺が俺がの目立つパーフォマンスしかしない議員たちと保身に走っている平目官僚たちを見れば、美しい日本なぞ何処にもない、農村で畑を耕している老夫婦の方がまだ、輝いているだろう。

阿部友騒動と居酒屋夫人 149話

いまだ、証人喚問の答えが国民には見えないままの佐川商人であったが、まさに損得と保身の商人であって、証人とはとても言えないが、彼にも家庭はあり、小さい頃から勉強に励み、一浪して東大に入り、官僚の出世コースを歩んで来たものが、こんな所で連日、テレビなどに冴えない顔を晒す羽目になったのは誰のせいなのか?と思ったであろう。

虚栄を捨て、退職金と年金で慎ましく生きていく覚悟があれば、真実を話せるだろうが、損得を考えれば沈黙が一番と思ったか?高級官僚と言えども議員たちから見れば歯牙にもかけない存在で、それを体験した役人たちは議員になる道を選ぶ、議員は選挙の時だけ頭を下げていればいいが、役人は議員に呼ばれれば頭は下げる
ばかりである。

自分たちから見れば低能の、たいして努力もしてこなかった選良と自画自賛している悪霊議員に顎で使われ、そんな連中を先生と呼ばねばならないのはストレスが溜まるのではなかろうか・・・もしも同じ学校で席を並べていたなら眼中にも入らなかった連中もいるだろう。

この証人喚問で国民がわかった事は何か、証人喚問の前に刑事訴追の可能性があれば答えなくて良いという
例を作ったことで、権力者に都合の悪い証人の場合、誰か検察に提訴させておけばよい、わけで法権も権力者に都合の悪いことはしないだろうから、それで終わりである。日本の裁判は最高裁までいけば、必ず玉虫色となり権力者に睨まれる判決はしない。

阿部総理は以前は美しい日本とか、美しい日本人とか、日本を取り戻すとか連呼絶叫していたが、近頃は全然
言わなくなったがどうしてかなー、毎年、キャッチフレーズは変えているが、女性が輝く日本とか、国民はそんなに単純と思っているのかーそれとも何とか民営化の連呼だけで総理になった人を傍で見ていたのでこれだと思ったのかなー

無論、何とか改革の人もそれで総理になれたわけではなく、あの軍人変人何とかの演説が超上手だった新潟の御婦人の力が圧倒的だったからで、同じ御婦人でも総理夫人とは大いに違うでしょう、安倍氏が総理になれたのは夫人の力が大きかったと思うのは自由であるが。

さて、古来より日本人の美徳は謙虚であり、みだりに権力を行使しないことであろう、近頃、紙面に載るのは友達か仲間か、近しい人の不祥事ばかりで、自分は関係ないとばかりに力説しておられるが、中国のことわざに李下に冠をたださずとあるように、疑いを持たれるような言動は慎むべきで、とても美しい日本人の手本とはなるまい

阿部夫人は某テレビのタレントに馬鹿ではないかとの発言がありましたが、私は馬鹿ではないと思っています、長く総理夫人をやっていれば、自分の影響も存在も自覚している筈で、自分は女黄門さまか、将軍様になったような気がして、それでストレス発散をしているのではなかろうか?

庶民が中々、会う事も話すことも出来ない官僚たちが平身低頭して何でも、御無理ごもっともで言うことを聞くので楽しいとは思いますが、水戸黄門漫遊記は映画や講談だから面白いのであつて、葵のご紋ならぬ阿部のご紋がいつまで続くのか知らないが、それを御せない総理に国を任せられるだろうか?

家庭内野党とか言って、漫遊を続ける夫人だが、悪いことをしたわけではない、森友学園のK氏は大和会議だか
何とか会議のメンバーで総理もボルサリーノ副総理も幹部として参加している美しい日本の会だそうで、そこの仲間のK氏が立ち上げる小学校なら問題なし、名誉校長もいいだろうと思っても不思議はなかろう?

現に役人にはメンバーの議員からも尋ねられているし、テレビにあの軍隊式教育の放送がなされるまでは順調
だったわけで、批判が出てから、これはまずいと手を引く方向になったのではと思う、大体、夫人の秘書がメールを勝手に送るわけはない、ただの民間人であると釈明している総理夫人に公務員の秘書「付き人」がいるのも
不思議である。

マア、あんな幼稚園児の称賛歌に涙するようでは、余程 世間慣れしていないのでは。普通の人なら疑問を持つ
所だろう、こんな子供にまでよいしょさせる狙いは何かと。要するにK氏にとって総理夫人を落とせば、総理も落ちるだろうとの読みで、日本国総理もその程度の人間だと思われていたことになる。

それとも何とか会議のメンバーなので、最初から認可して格安で売り渡す約束でもあったのなら別だが、それにしても徒手空拳で民間人なぞ、木で鼻をくくったような応対しかしない例が多い役人に対して自信タップリなK氏の交渉態度は何だろう

普通、 すべて「金銭など」を完璧に準備しても役人は何かと横やりを入れるのが常で、ないない尽くしで交渉に
臨み、金も借金で何とかならないかと言っているようなものでそれが通ると思っていた根拠は何でしょう、夫人が
いいと言えば、亭主もOKすると確信していたのか・・・・日本を戻す安倍総理の真意は大日本帝国にあるのか
何とか会議のメンバーはそれを共有しているので、あの軍隊式指導と教育勅語は当たり前なのか?

夫人は本当に良い教育をする学校経営者と思ったのかも知れないが、役人にとつて総理夫人が絶賛したと言われ、仲良く記念写真まであり、総理も参加している何とか会議のメンバーであるK氏なら、本当に仲がいいかも知れないと、幹部が思えば下の役人は従うしかないだろう、何の裏付けもなく忖度する筈もなかろう、いい歳をした大人たちが。

そう思わせたK氏が頭がいいのか?夫人の言動がそう思わせたのか?今日、安倍総理が役人に高い倫理観を持ってとか、失敗を恐れずに大胆に進めとかの発言があったが、それを総理が阿部氏が言うかであろう、ヒットラーが戦争反対に署名をとか 将軍様が核放棄に署名をとかと同じで、笑い話にもならない。

役人が高い倫理観を持ったなら、今回の阿部友問題は起きなかっただろうことは間違いない 後の失敗を恐れずには当たっているか、、、ばれる事はあっても記録は残っていないとしらを切れば大丈夫だと

総理もこれぞ、美しい日本の教育の原点だと思ったのか???・・・・何とか会議も呉越同舟で最後まで節を貫ける人は少ないだろう、郵政民営化に反対し 議員生命「そんなものはないが」をかけるようなことを言っていた自民党議員たちが、負けて詫び証文を入れて自民党復帰の図は今も鮮明である、この議員たちの何人かは大臣になり、今や総理も狙っている人もおるとか・・・世も末である。

これが本当に命をかけるとなったら最初から白旗であろうことは明白で、普段から立派なことを言ったり、大言壮語する連中を信用しないのは私の信条で、縁の下の力持ちになる気のない連中が何人集まろうと泥船の大航海と同じである

ご自分の発言の重みを考えれば、ここは潔く辞任するがよく、それでこそ、流石美しい日本の総理と言われるだろうに、議員にも総理にも執着している汚い人と見られている、韓国とは違い、辞めてから弾劾される恐れもない
日本ではいまが最後のチャンスでしょうー権力について甘い汁を吸っている連中からは反対されるでしょうが。

綸言汗の如しと言いますが、阿部氏は帝王ではないので発言の取り消しはききますが、日本の総理の発言とは
こんなものかと内外からは蔑視されるでしょうー最高責任者といえど日本の総理は軽いのが常識か。

長く一緒に暮らしている夫人の眼には総理はどのように見えているのかなー秀才とは??こんな亭主が総理なら私でも出来るとは思うまいが、周りが天真爛漫とか、傷つけないような言い方をしてフォローしているが、本音は静かに家にいてもらいたいだろう、それを言えないのか?言わせないのか?夫人に何も言えない亭主なのか
不思議である。

家庭内野党と称して、あちこちで顔を売るのがお好きなようだが、それを野放しにしている阿部さんは、見かけの深刻な顔とは違って、大器量の大物かも知れませんね、それとも、そういう夫人を眺めているのが好きなのかは
わかりませんが。

まさか、私のブログを見て、妻を侮辱されたなどと怒る小人ではありますまい、トランプ大統領が阿部夫人は英語が出来ないので代わりに云々の時は、沈黙されていた程ですからね。総理を辞めたら二人で居酒屋を本格的にやられたらどうでしょうか・・真の庶民の声が聴けるかも知れませんよ、居酒屋アベなら何を言っても大丈夫。


権力の頂点に立とうと憲法改革をしようと、所詮、人間の行為ははかなく、百年後も千年先も残る事はない、一寸先は闇であり、日本も地球もどうなっているかわからない、永遠なのは神の言葉だけで権力争いに汗を流した所で何になろう、ろくでなしの議員たちから離れ、謙虚に慎ましく生きるほうが余程幸せと私は思う。

権力者である限りは甘い汁を吸おうと忖度する連中はなくならない・・忖度されるのが好きならば別ですが。
しかし、一字違いとは言え、そんたくとどんたくでは天地の差がありますねーマア忖度は暗でドンタクは明ですが



女子レスリング、私は貝になりたい 148話 

近頃 女子レスリングの監督と国民栄誉賞の女子選手との騒動が週刊誌やテレビなどで大きく報道されているが、いつも思うのだがこういうニュースは常に週刊誌が先であり、テレビなどの放送は後である、大手マスコミは
重大事件「彼等にとってで、国民にとってとは限らない」で忙しく、こんな些細なことに人も時間も割いている余裕がないのであろうと好意的に判断する国民は多いだろうか?

この告発状を内閣府に送ったのが一月とあるが、動く様子がないので週刊誌に載せ、世論を動かそうとしたのではと思っています、このままだと握りつぶされる危険アリと踏んだのでしょう、日本の支配層は常に強きを助け弱きを挫くのが得意な侠客とよく似ているので、そういう可能性もあるでしょう。

学校のいじめ問題と同じで被害者が死ぬと、仕方なく会見を開きもっともらしい言をはき、体裁だけの聞き取り調査で済ませる体質が全国共通の役人体質で、文部省「おっと今は文句あるか省でしたね」のみならず全部、おなじであろう。保身と生活がかかっているレスリング関係者の心境は私は貝になりたいか?

私は貝になりたいは、フランキー堺主演の昭和の傑作映画であった、戦後復員して平和に暮らしていた床屋の
主人が戦犯容疑で米軍に逮捕され、人間の醜さと権力の理不尽に絶望して、主人公が今度、生まれる時は深海の貝になりたいとつぶやく映画である、いつの世でもどこでも弱き者は泣くしかないか。

仮にも国民栄誉賞を与えた国が、その選手の代理人たる弁護士の告発状にかくも遅い対応は、金メダル量産の
監督の醜聞などで、東京オリンピック金メダルに影が差すのを恐れたか?レスリング協会の幹部に対する遠慮なのか知らないが、相撲協会に対する文科省の対応とよく似ている。

臭い者には蓋、人気に差し支えることはしない、大きく事件になったものには仕方なく対処するというもので、告発を週刊誌やテレビで知らされた国民には驚きであったでしょうが、私にとつて協会や内閣府の対応は驚くことではなく、やはりと思うばかりです。

驚いたのは世界では特に人気があるとは思えず、一度はオリンピックから除外の話すらあったスポーツで、日本でもオリンピックの時以外は特に関心がある競技ではない、狭い範囲の中の一監督、一権力者の話なのに、以前からあったパワハラが、今になるまで表に出なかった閉鎖的空気にである。

それも国民栄誉賞の選手にしてこれでは、それ以外の選手では完全に闇に葬られたでありましょう、国民の生活にはほとんど影響のない世界ですら、忖度 ゴマすり 平目がいるという事で、これが内閣では当たり前に大平目が出るのもむべなるかな、まったく、人間、金権には弱いものである

例え、自分が育てた選手が他に行って武者修行をするというなら、応援、激励するくらいの度量がなくては上に
立つ資格は?であろう、その武者修行があったればこそ四連覇であろうか、盛大な壮行会をした愛弟子が四連覇を逃し、かたや 自分から離れた弟子が国民栄誉賞を得た これを何と見るかであろう・・・・

そして、監督と選手の葛藤は他の選手たちも知っていた筈で、どう思っていたのだろう、裏切った選手と思っていたのだろうか?有名になったころの弟子とそれほどではなかった頃の弟子では感想も違うか? そう言えば、観戦中の四連覇選手の表情がずーと固かったように思えだが、内部でそんな葛藤があったとは知らなかった。

私財を投じて弟子育成に当たり、金メダルをとったマラソンの監督とよく似ているが、違うのは彼がマラソン協会で大きな権力にはなれなかったことと、キャラクターの違いか・・・国民には人気があり本も良く売れたが協会の中では主流ではなかった、それが選手には良かった面もあるでしょうー

過去の話になるが、体操女子にも権力者のクラブ優先みたいなことがあって、他のクラブのコーチと葛藤があったように記憶している、同じ、大学、同じクラブからの選手が優先では学校は宣伝になり、喜ぶであろうが、所詮
そういう事は、他の団体の特異な選手の才能を潰すことになり、そのスポーツの健全な発展を阻害することになるだろう、同じ教えの選手ばかりではいい筈もなし。

剣術も柳生流 一刀流 示現流 など多士済々の流派が生まれ、切磋琢磨していた、すべてが柳生流ばかりで
午前試合はその流派優先では上達はない、剣士にとっても不本意な優勝は会心の喜びとはなるまい、なるたけ
一人の剣士に不利にならないような環境で、戦うのがベストで土俵に上がる前に疲れてしまう環境の剣士と鍛錬だけに集中できる剣士とではどんなものだろうか?

人間、完璧な人はいなく、神ではない、過ちもある 問題はいつ気づくかである、ある程度成功してお山の大将に
なると周りが平目になり、自分もいつしか傲慢になり、誰が人気スポーツにしたか?誰のおかげて金メダルだと
思うことはなかったか?本人が思わなくとも周りがそう言い、オリンピックに出たい選手は黙るしかないだろう。

柔道の故嘉納治五郎氏は、大きな度量で弟子を育てた、故に今に続く隆盛がある、決して学校や講道館の為だけの育成はしなかった 再度言う 女子レスリングは国民生活に大きな影響があるスポーツではない、まして、宗教上などの理由から参加しない国もある、狭い範囲の競技である。コップの中の嵐に過ぎない、騒動をみるにつけ、権力を握ると政治もスポーツも同じかと思う事しきりである。

日本の権力者たちは何でもいいから金メダルをと絶叫する、御用マスコミも提灯記事を載せる、しかし、一度醒めた眼で見て欲しい、かってナチスはオリンピックを国威発揚に最大限、利用して多くの金メダルをとった、東ドイツは常に米ソに次ぐ金メダルを獲得していた、

それも国費で選手の育成に最大限の努力をし、今のソ連や中国の先達であり、日本もそれにならい選手育成に
金をかけているが、東ドイツは世界から称賛される国家であったか、答えはNOである、今の中ソは尊敬されているや? 

人間が心から拍手するのは札幌の時の銅メダル ジャネットリンであり、無冠に終わった浅田真央の姿であり、二位に終わった時のオリンピック、女子サッカー選手の態度ある、心中は無念であっただろうが負けた時の態度こそ、その人の精神の高さを証明するものである。私は今でも女子サッカーが世界一になった時よりも偉いと思っています、涙をこらえて笑顔になった選手たちを

国民栄誉賞 ほとんどが政府の人気取りに過ぎず、中には断った人もおられたが、私は生前ではなく故人になられてからの方が良いと思っています、赤穂浪士は今でも線香が絶えないが、やはり、切腹が正しかったと思う
許すと長生きして恥をさらすこともあるでしょうから、武士の鑑としてはこれが正解でしょうー人間国宝でさえ、生前、恥をさらした人もいるのを知れば。

私見ながら、国民栄誉賞「本当にそれに値する人ばかりかどうかは別にして」があるなら国民不名誉症もあってもよいのではと思っています、国民に投票をお願いして、票の多い人を毎年発表するとか 格当者なしならなしでよく、まさか、毎年 政治家がトップになることはあるまい? 

マア、そんなことになったらなったで、私なら半分感謝かな、アジアにある国家の中にはそんな投票も許されない
国も幾つかあるので、昔の諺に上を見ればあれ欲しこれ欲し星ばかり、下を見よ星はないぞえというのがある、身分相応に暮らせという、当時の支配階級には都合の良い格言であるが一面、人間の欲望にはきりがないと指摘している。

確かに夜空を見れば、金の星 銀の星とキンキンキラキラと輝いて欲しくなるのもわかるが、金の星は富士山と同じで遠くから眺めているのが最高で、近くにあると幻滅するのが常である、人生は長い金の星とは無縁の長い
後半が真の人生の始まりで、そこには銅もなければ、称賛もない、そこで黄金以上の輝きを見つけれるかが、その人の金メダルになると思う。

上を見ればきりがない、下を見よと言われるが現実に下にいる私はどこを見ればよいのかなーと思う頃がありましたが、心の中に天国を発見した時からは人を羨むこともなく、あくせくと世俗の欲望に邁進することもなくなりました、先の事は誰もわからない、過去は過ぎ去った事であり今の自分がすべてである。

中々 生きていくのは辛いことも悲しいこともありますが、それを乗り越えるのが人生の目的の一つでもあり、燦然と輝く金の星にはなれなくとも、それをいくつも乗り越えれた人たちにとつて人生の金メダルとなるでしょう、誰が称賛しなくとも神様がよくやったと褒めてくれるでしょう。

勝ち続けて人気スポーツにしたいと思う気持ちはわかりますが、人間、金権に頭を下げるようになったら、空しいだけである、人は何の為に生まれ 何の為に生きているのか 人生の目的は何なのか、たまには静かに考える
時も必要ではなかろうか、何かなんでも金メダル 金銭か 金 金 金が人生の最終目標なのか??そこからは縁の下の力持ちでもいいという姿は見えてこない